しゃ、またおこられるから、あんまりいいたかねえがね、こんなことにでもなっちゃなるめえと思ったればこそ、お気をつけなさいよ、出かけて男の上がるときもあるかわりにゃ、でしゃばって男の下がるときもあるんだからと、あんなに口をすっぱくしていったのに、のこのことお出ましになったんで、手もなく八方ふさがりになっちまったんだ。いやがらせはいいたくねえがね、あっしゃくやしいんですよ。だから、ちくしょう、ひとりで目鼻をつけてやろうと、けさ起きぬけにお番所へ出かけていったら――」
「何がどうしたというんだよ」
「人ごろしがあったっていうんですよ」
「ウフフ。つがもねえ。八百八町は広いんだ。ねこの心中もありゃ、人も殺されるよ。それで、おまえさんは悲しくなって、めそめそとやりだしたというのかい」
「バカにおしなさんな。人が殺されて悲しいんじゃねえんですよ。こっちゃ鼻欠け地蔵の目鼻もつかなくてくさくさしているのに、お番所のやつら、てがらにするにゃはでな人ごろしが降ってわいたというんで、わいわいと景気をつけていたからね。それがうらめしくなって、気がめいったんですよ」
「気の小せえやつだな。日の照るところもありゃ、雨の降るところもあるんだ。殺されたのはいってえ何人だよ」
「四人ですよ」
「身性《たま》は?」
「五分|月代《さかやき》ばかりですよ」
「へえ。浪人者かい。じゃ、みんなばっさりやられているんだな」
「いいえ、それがちっとおかしいんだ。ふたりは刀傷だが、あとのふたりは血を一筋も出さずに伸びているというんですよ」
「場所は?」
「それもちっとしゃくにさわるんだ。きのう矢来地蔵をこしれえていたあの一真寺の――」
「なにッ。もういっぺんいってみろッ」
「なんべんでもいいますよ。あの一真寺の裏の松平越前様のお屋敷のへいぎわにころがっているというんですよ」
「駕籠だッ」
がばとはね起きると、早いのです。
「飛ばせろッ。飛ばせろッ」
伝六が鳴るひまも、驚くひまもない。小気味のいいほどもりりしい声で急がせながら、まもなく乗りつけたところは、話のその一真寺の裏手でした。
場所は一真寺の裏門から始まった一本道をずっとまっすぐ右に来て、先は本港町へ通ずる越前家お下屋敷との間の細い路上なのです。――お番所からはまだだれも出馬しないとみえて、自身番の小者たちにしかられながら、物見高い群衆が押しつ押されつ、わいわいとうち騒いでいるさいちゅうでした。
押し分けながら近づいていってみると、なるほど四つの浪人者の死骸《しがい》が、その細い道の三町ほどの間に、点々として倒れているのです。しかも、不審なのは倒れている四人のその位置なのでした。
一真寺の裏門から一町ほど離れたところにひとり。
――みごとな一刀切りの前傷うけて、頭をこちらにしながら、道なりに長々とあおむけにのけぞっているのでした。腰のものは抜き合わせた様子もないのです。
そこから一町ほどこちらに離れてふたり。
――ひとりはあおむけに、ひとりは伏して、道へ横に倒れながら、この二つが伝六のいった不審な死に方の死骸であるとみえて、いかさまふたりとも血のり一滴見せずに倒れているのでした。しかし、奇怪なことには、そのむくろの近くに、酒だるが一つころがっているのです。
そこからさらに一町離れてひとり。
――一真寺の近くの最初のひとりと同様、みごとな一刀切りの前傷うけて、不思議なことにこれは頭をまんなかに倒れているふたりのほうに向けながら、同じく道なりに長々とうっ伏しているのでした。腰の物もやはり抜き合わせた様子もないのです。
「ね……!」
「…………」
「不思議じゃねえですかい。いいえ、くやしかねえですかい。よりによって、一真寺の近くにこんな変な人切り沙汰《さた》が起きているんだ。しかも、まんなかのふたりはだれが殺したか、どうして死んだかもわからねえ死に方をしているんだからね。おまけに、両側のふたりもおたげえ頭を向き合わせて死んでいるのが気に入らねえんですよ。きさまはこっちへ向いて死ね、おれもそっちへ向いて死のうと、相談してばっさりやられたわけでもあるめえからね。三町も離れているくせに、仲よく向き合って切られているのがおもしろくねえんですよ。え! ちょいと!」
「…………」
「じれってえね。何がうれしいんですかよ。黙ってにやにやとあごをなでていらっしゃるが、だんなにゃこの死に方がお気に召しているんですかい」
いろいろともうやかましく始めたのを相手にもせず、黙々とたたずみながら、死骸から死骸へ、道から道へ、倒れているその位置とその道筋をしきりと見ながめ、見返していましたが、そのときはからずも目についたのは、一真寺の反対側の本港町の曲がりかどにある一軒の酒屋でした。寺の裏門からずっと出て、死骸を越えて、一本道をまっ
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