すぐたどっていったその曲がりかどに、杉《すぎ》の葉束の酒屋のしるしが、無言のなぞを物語り顔につるされてあるのです。
「ウフフ。におってきたな」
さわやかに微笑して、疑問の死を遂げているまんなかのふたりの死骸に近づくと、静かに名人はまず懐中へ手を入れました。
同時にさわったのは金包み!
一方の懐中から切りもち包みが一個。
あとの懐中からも同じく一個。
双方合わせると五十両のおろそかでない大金が、がぜん出てきたのです。――しかも、その包み紙には、ぷーんと強い線香のにおいがある。
「ほんとうににおってきやがった。酒だるを見せてもらおうかね」
さかさにかしげて、何をするかと思われたのに、ぽつりと一滴受けたところは不思議にも親指のつめの上でした。――じりっとたまったかと見るまに、ぱっとそのしずくが散りひろがりました。
せつなです。
「毒だ。まさしく、毒薬を仕込んだ酒だよ」
「はてね、気味が悪いようだが、そんなことで毒酒の見分けがつくんですかい」
「ついたからこそ、毒が仕込んであるといったじゃねえかよ。どうまちがっておまえもお将軍さまのお毒味役に出世しねえともかぎらねえんだからね、よく覚えておくといいよ。つめにたまって散りもせず、かわきもしない酒なら毒のない証拠、今のようにしずくをはじいてしまったら、すなわち毒を仕込んである証拠と、昔から相場が決まってるんだ。――おきのどくだが、眼《がん》がついたぜ」
「え! フフ、ついたんですかい! ちくしょうめッ。ぞうっと背中が寒くなるほどうれしくなりやがったね。どっちですかい、鼻欠け地蔵のほうですかい、それとも、こっちの死骸《しがい》の眼ですかい」
「両方よ」
「ちぇッ。たまらねえことになりゃがったね。そもそもいってえ、四人を、四人を、この四人を殺した下手人はどやつですかい」
「すなわち、この四人よ」
「へ……?」
「ひと口にいったら、この四人がこの四人の下手人だというんだよ。身から出たさびさ。――いいかい、よう聞きな」
莞爾《かんじ》として会心の笑《え》みを見せると、さわやかにいったことでした。
「坊主があってな」
「へえへえ。なるほど」
「慈悲|忍辱《にんにく》の衣をつけながら、こやつがあんまり了見よろしからざる坊さんなんだ」
「なるほど、なるほど」
「だから、なんの遺恨か知らねえが、ともかくも遺恨があって、あるお寺の分かれ地蔵にけちをつけようと、四人の浪人者に五十両やる約束でそれを請け負わしたのよ」
「いかさまね。それから」
「まんまと六体のお地蔵さまにけちをつけてさらしものにしたからね、浪人のひとりがみんなに代わって、約束の五十両を了見よろしからざるその坊主のところへもらいにいったんだ。しかし、分けまえは人数の多いより少ないほうがよけい取れるに決まっているんだからな、四人より三人で分けようと、金を受け取りにいったやつのけえりを待ちうけておって、まずひとり、ばっさり仲間をばらしたのよ。その殺されたのがすなわちあれさ。あの一真寺寄りのあの死骸《しげえ》だよ」
「へへえね。まるでその場に居合わせたようなことをおっしゃいますが、そんなことがひと目でわかりますかい」
「まだあるんだから黙ってろよ。ところでだ、三人で五十両手にしてはみたが、仲間はひとりでも減るほど分けまえは多くなるんだからな。三人のうちのふたりがしめし合わせて、ひとりを酒買いにやったってのよ。それとも気づかず、一升ぶらさげて帰ってきたところを、ばっさり同じ一刀切りでばらされたのが、酒屋のほうからこっちを向いてのめっているあの浪人者さ」
「ほんとうですかい」
「知恵蔵が違うんだ、知恵蔵のできぐあいがな。そこでだよ、まずこれでしめしめ、五十両は二つ分け、二十五両ずつまんまとふところにしまっておいて、いっぺえ祝い酒をやろうかいと、ところもあろうに道のまんなかで飲みだしたその酒が、あにはからんや毒酒だったのよ。――わかるかい」
「はあてね」
「しようがねえな。酒を買いにやらされたそのやっこさんが、じつは容易ならぬくせ者だったのさ。五十両ひとりでせしめたら、こんなうめえ話はあるめえ、酒を買いによこしたのをさいわい、毒を仕込んでふたりを盛り殺してやろうというんでね、かねて用意しておったのか、それともどこかそこらの町医者からくすねてきたのか、死人に口なしで毒の出どころはわからねえが、いずれにしても使いにいったやつがこっそり一服仕込んで、なにくわぬ顔をしながら帰ってきたところを、毒殺してやろうとねらっていたふたりにかえって先手を打たれて、ひと足先にばっさりやられる、やっておいて毒が仕込んであるとも知らずに飲んだればこそ、因果はめぐる小車さ。このとおり、このふたりが一滴の血も見せず、また命をとられてしまったんだ。ふところから切りもち包みが
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング