え、弟と姉でござりますとね」
「同じじゃねえか。女は水稼業《みずかぎょう》の者だといわなかったかい」
「いったんですよ」
「それから」
「じわりじわりといじくって気に入らねえね。母上があるというんだ、ふたりを産んだおふくろがね」
「決まってらあ。さっきも、ふたりがそれをはっきりいったじゃねえか。よろしく申しましょう、おまえもたいせつにな、とな。だから、きょうだいだなとすぐににらみをつけたんだ。水稼業は何をしているといったんだよ。おそらく、大っぴらに会われねえ商売だと思うが、違うかい」
「そ、そ、そうなんですよ。深川のついこの川上で、湯女《ゆな》をしているんだというんだ。だから、血を分けたきょうだいだが、弟の出世の妨げになっちゃと、世間のてまえもあるんでね、なるべく人に隠れて行き来しているうちに――」
「船で加持祈祷を受けにやって来るにも、まくらがなくちゃ来られねえほど、その姉君が重い病気になったといったろう」
「そうなんです、そうなんです。真言秘密の祈祷を受けに、弟上人のからだの暇を見てはこっそり通ったのが、とんでもないうわさの種になったんでござりましょうというんですよ。したがって、だんなの眼も狂い、あっしが少し男を下げたというわけなんだ。早い話がね」
「おいらの眼が狂ったんじゃねえや。詮議の道が一本、行き止まりになっただけよ。ウフフ。知恵の引き出しをあけ替えなくちゃなるめえッ。二の手をたぐるんだ。さらし地蔵の背中に彫ってあった六人の女を洗ってきなよ。おまえは字が読めるといばったはずだ。覚えているだろう。大急ぎで回ってきな!」
「えっへへ。おいでだね。いずれこんなことにもなろうと思って、ふところ日記にちゃんと所書きも名まえも書き止めておいたんだ。回るはいいが、回って洗って何をするんですかい」
「知れたこっちゃねえか。六人の女の身性がわかりゃ、遺恨の筋にも見当がつくんだ。通し駕籠《かご》を気張ってやらあ。あわてねえで、急いで、ゆっくりいってきなよ」
「お手のものだ。だんなは?」
「寝ているよ」
 騒ぐ色も見せないのです。第一の道が行き詰まりになったら第二の道へ、――第二の抜け道がまたぷつりと絶えたら第三の裏道へ、それまではまず英気を養ってというように八丁堀へ帰って寝て待っていたが、どうしたことかその伝六の帰りが長引きました。たそがれが来て、宵《よい》が来て、夜になって、なやましく四月の夜がふけかかってきたとき、ようやくがたがたと足音までがやかましく帰ってくると、じつに意外でした。思いもよらなかったことを、やにわにまくらもとから浴びせかけたのです。
「バカにしてらあ。六人はね、そろいもそろって大年増《おおとしま》ですよ」
「へえ。年増とね。眼《がん》がちっと狂ったかな。年増もいろいろあるが、おおよそいくつぐらいだよ。三十五、六か」
「ところが大違い。五十九歳を若頭《わかがしら》にね、六十一、六十三、六十八、七十、七十三と、しわから顔がのぞいているようなべっぴんばかりですよ」
「ウフフ。あっはは。参ったね。歯の抜けた年増たア、みごとに一本参ったよ。洗ってきたのはそれっきりかい」
「どうつかまつりまして、いかにもくやしかったからね。事のついでにと思って、一真寺のお残り地蔵のほうも、六人ともにかたっぱし施主の身がらを洗ってみたんだがね。やっぱり……」
「しわ入りのべっぴんかい」
「そのとおり。しかも、金はあるんだ。いろけはねえがね、十二人とも福々の隠居ばかりなんですよ」
「…………」
「どうしたんです! 急にふいっと黙っておしまいなすったが、何かお気に入らんですかい」
「ウッフフ。二本めの道も、またもののみごとに止まったかなと思っているんだよ」
「へ……?」
「裏街道《うらかいどう》も行き止まりになったというのさ。おいらは寝るよ。あっはは。春のひとり寝はいいこころもちだ。くやしかったら、夜食でも食べにいってきなよ」
 あっさりいうと、策あってのことか、思い余ってのことか、ふっくらと夜具にうまって夢の国を追いました。

     3

 あくる朝です。
 むろん、日のあがらないうちに伝六がやって来るべきはずなのに、どうしたことか不思議と姿を見せないので、いぶかりながら、床の中であごをなでていると、こんな男というのもあまりない。おそがけにしょんぼりとはいってくると、あのいつもうるさい男が珍しく黙ってへやのすみに小さくすわりながら、やにわにめそめそとやりだしました。
「変な男だね。どうしたんだよ」
「…………」
「ウフフ。おいらのお株を奪って、きょうからはおまえさんがむっつり屋になったのかい。黙りっこなら負けやしねえんだ。五日でも十日でも、あごをなでているぜ」
「だって、くやしいからですよ」
「何がくやしいんだよ」
「うるさくがみがみとやりだ
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