。十八番のからめ手詮議でぴしぴしとたたき上げていってみようよ。――ご出役のかたがた、ご苦労さまでした。ちっと回り道のようだが、これがあっしの流儀です。一真寺のほうから洗ってみましょうからね。この六地蔵さまともども、どうぞもうお引き揚げくださいまし。珍念さんもね、仲よしのお菩薩《ぼさつ》さまがこのとおりたいへんなおけがだ。こっちのお役人さまにてつだっていただいて、お寺へお連れ申してから、せいぜいお看病してあげなさいよ」
「あい、おじさん。今度またお目にかかりましたら、お地蔵さまともお相談をして、おはぎをどっさりおもてなしいたします。さようなら……」
 愛くるしい声をあとにして、まず目ざしたところは、むしろ意外といっていいご本寺の一真寺なのでした。これこそは忘れてはならぬ右門流十八番中の十八番、一見|迂遠《うえん》に見えて迂遠でない、遠回りしていって、事の起こりの根から探り出す名人独自のからめ手詮議なのです。――急ぐほどに、しっとりと沈んだ朝の大気の中を漂って、目ざしたその一真寺の境内から、しだいに強く線香のにおいが近づきました。

     2

「へへえ。いばってやがるね、この寺はこりゃまさしく大師さまですよ」
「偉いよ。おまえにしちゃ大できだ。いかにも真言宗のお寺だが、どうして眼《がん》がついたかい」
「バカにおしなさんな。だから、さっきもお断わりしておいたんですよ。あっしだっても字ぐれえ読めるんだからね。この上の門の額に、ちゃんとけえてあるんじゃねえですかよ。一真寺、浄円題とね。浄円|阿闍梨《あじゃり》といや、天海寺の天海僧正と、どっちこっちといわれたほどもこの江戸じゃ名の高かった真言宗のお坊さんなんだ。そのお坊さまのけえた額がこうして門にかかっているからにゃ、まさにまさしく真言派のお寺にちげえねえですよ」
「ウフフ。なかなか物知りだね。おまえにしちゃ珍しく博学だが、このお寺はどのくれえの格式だか、それがわかるかい」
「え……?」
「寺格はどのくれえだかといってきいてるんだよ」
「くやしいね」
「あきれたな。知らねえのかい。そういうのがバカの一つ覚えというやつさ。定額寺《じょうがくじ》といってね、お上からお許しがなくっちゃ、むやみと山門にこういう額は上げられねえんだ。相撲《すもう》の番付にしたら、りっぱな幕の内もまず前頭《まえがしら》五枚めあたりよ。これからもあることだからね、知恵はもっと細っかくたくわえておかなくちゃ笑われるぜ」
「ちぇッ。ほめたかと思うと、じきにそれだからな。だから、女の子も気を許してつきあわねえんです。しかし、それにしちゃこのお寺、ふところにぐあいがちっと悪いようじゃござんせんかい」
 なるほど、見ると、寺格の高い割合には、境内の様子、堂宇の取り敷き、どことはなしに貧しく寂れたところが見えるのです。
「くずれていやがらあ。ね、ほら、鐘楼の石がきにいくつもいくつもあんなでけえ穴があいておりますよ。おまけに、ぺんぺん草がはえやがって、どこか気に入らねえお寺だね。……よッ。青坊主があっちで変なさしずをしておりますぜ!」
 声にふり返って見ながめると、本堂の横の庭先で、いかさま年若いひとりの僧が、鳶《とび》人足らしい三、四人のいなせな男どもにさしずしながら、しきりと矢来杭《やらいぐい》を結わせているのが目にはいりました。しかも、その結いがきの中には、まぎれもなく六体の地蔵尊が見えるのです。
「ご僧」
 静かにうしろへ近づくと、名人は物柔らかく、だが、その目の底になにものも見のがさぬさえた光をたたえて、静かにきき尋ねました。
「不思議なことをしておりますな」
「は……?」
 不意を打たれて、いぶかるようにふり向いた若僧の姿をぎろりと見ると、年はまだ三十そこそこでありながら、その手にしている水晶の数珠《じゅず》には紫の絹ひもが通っているのです。――右門流がずばりと飛びました。
「真言宗の紫数珠は、たしか一寺一院をお持ちのしるしでござりますはず、ご住職でありましょうな」
「恐れ入りました。いかにも愚僧、当寺の住職|蓮信《れんしん》と申す者でござります。あなたさまは?」
「八丁堀の右門にござる」
「おう! そうでござりましたか。ようこそ! では、永代橋のあの一件、お詮議にお越しでござりまするな」
「さよう、この六体はまさしくあちらの分かれ地蔵とはご因縁の女人地蔵とにらみましたが、急にこのような杭垣《くいがき》設けられるとは、どうした子細でござります?」
「あのようなもったいないお姿にされては、ご寄進のかたがたにも申しわけがござりませぬゆえ、盗み出されぬようにと、こうしてきびしく囲うているのでござります。あはは。いや、まったく、用心に越したことはござりませぬ。興照寺のようなおうちゃく寺では、地蔵尊どころか、いまにご本尊
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