つなたいせつなお檀家《だんか》とやらで、お参詣《さんけい》のたびごとにお師さまもたいそうごていねいにおもてなしでござります」
「ほほうのう。そのお師さまはおいくつくらいじゃ。さだめし、もうよほどのお年でありましょうのう」
「いえ。ことしようやく二十三でござります」
「なに! ただの二十三でござりますとのう。そんなお年で一寺のお住職になられるとは、ちと若すぎるようじゃが、よほどおできのかたでござりまするか」
「あい。お本寺の一真寺のほうにおいでのころから評判のおかたでござりましたゆえ、なくなられました大|和尚《おしょう》さまもたいそうお力を入れて、わざわざ今の興照寺をお建立《こんりゅう》のうえ、ご住職におすえ申しましたとやらいうお話でござります」
「なるほどのう。お姿は?」
「は?……」
「そのお師さまのお様子じゃ。ご美男でござりまするか」
「ええもう、それはそれは、お気高くて、やさしゅうて、絵からぬけ出たように美しい若上人《わかしょうにん》さまでござります」
さらに光った。――そこにもなぞを解くかぎが一つあるにちがいない。否! 絵から抜け出たようなといったその美男のところに、なぞの山へ分け入る秘密の間道があるに相違ないのです。しかも、寄進についている六地蔵のその施主は、身分素姓年ごろこそわからぬ、いずれもなまめかしく艶《えん》な下町女らしい名まえばかりでした。
故意か?
いたずらか?
それとも、故意はこい[#「こい」に傍点]であっても、恋のこい[#「こい」に傍点]であるか?
「えへへ。やっぱり、足まめに出かけてくるもんだね。ちくしょうめ。さあ、穏やかでねえぞ。安珍清姫の昔からあるんだ。べっぴんの若いご上人《しょうにん》さまがあって、ぽうとなった女の子があって、会いたい、見たい、添いとげたい。ままになるならついでのことに、ときどき尊い引導も授けてもらいたい、――とね。陰にこもって日参をしてみたが、生き仏さまにはとうからもう女人地蔵がついているんだ、それもこの背中の名まえどおり六人もそろってね。だから、おこぼれさえもちょうだいできねえというんで、ええくやしい、腹がたつ、憎いはこの地蔵とばかり、たちまち女の一念|嫉刃《ねたば》に凝って、こんなよからぬわるさをしたにちげえねえですよ。ええ、そうですとも! べらぼうめ。思っただけでもくやしいね。たびたびいうせりふだが、江戸の女がおらに断わりもしねえで、かれこれと浮いたまねをするってえ法はねえんだ。ね! ちょっと! しゃべってまたうるせえですかい」
ここをせんどとやかましく始めたのを、名人は柳に風と聞き流しながら、子細に六地蔵の傷個所を見しらべました。――どの傷もどの傷も、ぐいとひと欠けに欠けて、使った得物はどうやら金づちらしく、しかもところきらわずめったやたらにぶちこわしているところを見ると、ただのいたずらだったら格別、もし故意にやったことならば、遺恨のもとがなんであるにしろ、下手人はまた何者であるにしろ、まさしくこれを人目にさらして、この六地蔵|菩薩《ぼさつ》と、その寄進者を恥ずかしめようという目的のもとに行なわれた暴行にちがいないのです。
「ウフフ。手がかりは何もない。落とし物もなに一つない。あるものはおつむにのっかっている古わらじばかりだとすると、頼みの綱はおいらの知恵蔵一つだ。――干そうぜ!」
「え……?」
「おまえにいってるんじゃねえ。まだちっと季節に早いが、早手回しに知恵蔵の虫干ししようかと、おいら、おいらに相談しているんだ。――珍念さん」
「はい。朝のお斎《とき》いただかずに駆けだしてまいりましたゆえ、少しおなかがひもじゅうなりました」
「おきのどくにのう。もうこれでご用済みになるゆえ、はよう帰ってたんといただきなさいよ。そなたのお寺はどこでござる?」
「興照寺ならば、あの……あの、あれでござります。あそこの火の見やぐらの向こうに見える高いお屋根がそうでござります」
指さした川下の左手に目をやると、なるほど、川にのぞんで水もやの中からくっきりと空高く浮き上がりながら、朝日にきらきらと照りはえているいらかの尾根が見えました。橋からの距離は約六、七町ばかり。
「一真寺は?」
「ご本堂は、ほら、あの、あれでござります。川をはさんでうちのお寺とにらめっこをしている右側の、あの高いお屋根がご本堂でござります」
いかさま、ちょうどその真向かいの、松平|越前《えちぜん》侯お下屋敷とおぼしきひと構えのこちらに、さながら何かの因縁ごとででもあるかのごとく、黙々として屋根の背中を光らせながらそびえ立っている堂宇が見えるのです。
「にらめっことはうまいことをいいましたね。ほんとうに、屋根と屋根とがけんかをしているようだ。分かれ地蔵がこのありさまならば、一真寺のお残り地蔵も気にかかる
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