せぬ。あの、あの――」
珍念、何を答えるかと思われたのに、きくも天真|爛漫《らんまん》、こともなげにいってのけました。
「わたくしは、このお地蔵さまと大の仲よしだからでござります」
「なに! 仲よしでありますとのう。どんなふうに仲がよいのでござります?」
「毎朝毎晩、お水をあげるのもわたくし、お花を進ぜますのもわたくし。このお地蔵さまのお世話は、何から何までみんなこの珍念がしてあげたのでござります。それゆえ、ひと朝なりともお世話欠かしましては、お地蔵さまもさぞかしお寂しかろうと存じまして、けさもこのとおり急いでやって参りました。そこをようごろうじませ。お花もござります。お水もござります。みんなそれは仲よしのこの珍念がお上げ申したのでござります」
いかさま、よくよく見ると、小坊主珍念さながらのような、いかにもかわいらしく小さい竹筒に、ちんまりといじらしくも小さい花をたむけて、水もまたちゃんと供えてあるのです。
「なるほどのう。では、そなたこの地蔵さまがどうしてこんなところへ、このようなお姿にされて捨てられたか、それもこれもみんなご存じでござりまするな」
「いいえ! 知りませぬ! 存じませぬ! だれがこんなおかわいそうなめにお会わせ申したのやら。きのうの朝でござりました。いつものとおり、お花と水を進ぜに参りましたところ、ふいっとこのお地蔵さまが消えてなくなっておりましたゆえ、わたしを捨ててどこへお逃げなさいましたやらと、ゆうべひと晩じゅう泣いておりましたら、けさほど檀家《だんか》のおかたが、ここにおいでと知らしてくださいましたゆえ、ころころと飛んでまいったのでござります」
「ほほうのう。では、それゆえなつかしゅうてなつかしゅうて、いかほどお役人がたにしかられましても、おそばを離れることができませんなんだというのでござりまするな」
「あい。そのとおりでござります。それに、このお地蔵さまたちは、うちのお師さまとは因縁の深い、だいじなだいじな守り仏でござりますゆえ、仲よしの珍念がお師さまに代わってお守り申しあげたら、さぞかしお喜びでござりましょうと存じまして、いっしょうけんめいお話し相手になっていたのでござります」
「なに! お師さまには因縁の深いお地蔵さまとのう。どんな因縁でござります?」
「どんなもこんなもありませぬ。この六地蔵さまは、うちのお寺がご本寺の一真寺さまから分かれてまいりましたとき、新寺のお守り仏としていっしょにいただいてまいりました分かれ地蔵でござります」
「といいますると、では、そのご本寺の一真寺とやらにも、これと同じようなお地蔵さまがおありなさるのでござりまするな」
「あい。あちらにも残りのお地蔵さまがやはり六体ござります。合わせて十二体ござりましたゆえ、十二地蔵とも、また女人《にょにん》地蔵とも申しまして、一真寺においでのころから評判のお地蔵さまでござりました」
「なに! 女人地蔵とのう! それはまたどうしたわけからでござります?」
「あちらの六体のお施主も、これをご寄進なさいましたかたがたも、みんなそろうて女のかたばかりでござりますゆえ、だれいうとなく一真寺の女人地蔵といいだしたのでござります。うそじゃと思うたら、おじさんも字が読めるはず、お地蔵さまたちのお背中をようごろうじませ。ちゃんとお奇特なかたがたのお名まえが刻んでござります」
「はあてね。べらぼうめ。おらだっても字ぐれえ読めるんだ。どれどれ、どこにあります? え! ちょいと! 手もなく読んでやるから、どこに彫ってありますかい」
出ないでもいいのに、しゃきり出たあいきょう者ともども、うしろへ回ってみると、なるほど女名まえがどれにも彫りつけてあるのです。
「本所外手町弁天小路たま」というのが一基。
「深川|安宅《あたか》町大口横町すず」というのが一つ。
「日本橋小網町|貝杓子店《かいじゃくしだな》すえ」というのが一体。
「浅草花川戸町戸沢長屋しげ」というのが一つ。
「深川|摩利支天《まりしてん》横町ひさ」というのが一基。
「日本橋|亀島《かめじま》町紅梅新道まつ」というのが一体。
しかも、六地蔵ともに寄進の年月はついおととしの、日もまたそろって同じ灌仏会《かんぶつえ》のある四月八日でした。
故意か、ただのいたずらか、なぞを解くかぎはここに一つあるにちがいない!
読み終わると同時に、きらりと鋭く名人の目のさえたのは当然。声もまた鋭くさえて、今なおちんまりとすわったままでいる珍念のところへ飛びました。
「そなた、もとよりこの女たちの素姓、お知りでありましょうの」
「いえ。あの……あの珍念はまだ年がいきませぬゆえ、女のことはなに一つ知りませぬ。でも、あの……」
「なんじゃ!」
「そのかたたちはどのような素姓やら少しも存じませぬが、うちのお寺にはたいせ
前へ
次へ
全12ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング