だったら、橋の上にあろうと、うなぎ屋の二階にあろうと、めでたしめでたしでけっこう話ア済んでいるんだからね。まさかにお出かけなさるんじゃありますまいね」
「…………」
「え! ちょっと!――やりきれねえな、行くんですかい」
「…………」
「ね! ちょっと! 品が違うんですよ、品がね。寺社奉行所にだって人足アいくらでもあるんだからね。越後《えちご》から米つきに頼まれたんじゃあるめえし、こんなちゃちな詮議にのこのことお出ましになりゃ、貫禄《かんろく》がなくなりますよ、貫禄がね。――え! だんな! ね、ちょっと!――かなわねえな。やけに急いでおしたくをしていらっしゃいますが、まさかにお出かけになるんじゃありますまいね」
 しかし、名人右門の考え方は、おのずからまた別でした。なるほど、伝六のいうとおり、お差し紙の文面に現われたあな(事件)そのものはまことにたわいのなさそうなことではあるが、係り違いの寺社奉行所から特に出馬を懇請してきたところに味があるのです。
「はええところ、しりっぱしょりでもやりなよ」
「へ……?」
「行くんだよ」
「あきれたね。お江戸名代はいろいろあれど、知恵伊豆様にむっつり右門、この名物があるうちは、八百八町高まくらってえいうはやり歌があるくれえじゃござんせんか、虫のせいでお出ましなさるなら悪止めしやしませんが、江戸に名代のそのだんながお安くひょこひょこと飛び出して、あとでかれこれ文句をおっしゃったって、あっしゃ知りませんぜ」
「うるせえやッ」
「へえへ……おわるうござんした。行きますよ。えええ、参りますとも! どうせあっしゃうるせえ野郎なんだからね。じゃまになるとおっしゃるならば、あごをはずしてでも、口に封印してでもめえりますがね、ものにゃけじめってえものがあるんだ。買って出て男の上がるときと、でしゃばって顔のすたるときとあるんだからねえ。それをいうんですよ、それをね。ましてや、相手は石仏なんだ。ものを一ついうじゃなし、あいきょう笑い一つするじゃなし、――えッへへ。でも、いいお天気だね。え! だんな! どうですかよ、この朗らかさってえものは! 勤めがなくて、ぽっぽにたんまりおこづけえがあって、べっぴん片手に船遊山《ふなゆさん》、チャカホイ、チャカホイ、チャカチャカチャ――と、いけませんかね。けえりに中州あたりへ船をつけて……パイイチやったら長生きします
前へ 次へ
全24ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング