た年若い町人の姿です。いや、町人づくりの、のっぺりとしたその男の姿が目にはいったばかりではない、下手人が行くのです、行くのです。奪いとったしごきを懐中にして、必死とお山同心の追撃をさけながら、桜の陰の怪しの町人目ざしつつ逃げ走っていく姿が矢のごとく目を射抜きました。同時です。
「狂ったな。おどし文《ぶみ》の文句のぐあいじゃ、まさしく二本差しのしわざとにらんでおったが、春先ゃやっぱり眼《がん》も狂うとみえらあ。しごきぬすっとの元締めさんは、ちゃちな青造さんだよ。やっこを押えりゃいいんだ。ぽかんとしていねえで、ついてきなよ」
 すいすいと足を早めた名人の姿を知って、ぎょっとなりながら逃げ隠れようとしたが、しかしすでにおそい。ぱらぱらと駆け集まっていく手をふさいだのは、お山同心の一隊です。
「神妙にしろッ」
 押えとったところへ、
「ご苦労にござる」
 ずういと歩みよると、おちついた声でした。
「それなる町人、ちょうだいいたしとうござるが、いかがでござろう」
「なにッ。尊公は何者じゃッ」
 けしきばんだのも当然でした。お山同心といえば権限も格別、職責もまた格別、上野東照宮|霊廟《れいびょう》
前へ 次へ
全50ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング