なたの手に渡っているやら、むだぼねおりでござりましたところへ、こん日ここへあのかたがたがそろいのしごきでお花見にお越しとかぎつけましたゆえ、これ屈強と網を張っていたのがこんな騒ぎになりましたもと、それもこれも秘密のその文、見つけたいばっかりの一心でござりました。ありようはそれだけのこと、お慈悲のおさばきいただけましたらしあわせにござります」
「いかにもな。聞いてみりゃたわいがねえが、忍んだ恋ゆえの知恵がくふうさせたお蘭しごきとは、なかなかしゃれていらあ。事がそうと決まりゃ、おまえさんのいい人にも当たってみなくちゃなるめえ。向こうの桜の下に弁天さまが二十四体雨宿りしているようだが、おまえさんがご信心の腰元弁天はどの見当だ」
「それが、じつはおかしいんでござります。あのお腰元連といっしょに来なければならんはずなのに、どうしたことやら、肝心のそのお蘭どのが姿を見せませんゆえ、先ほどから不審に思うているのでござります」
「なに! お蘭がおらんというのかい。しゃれからとんだなぞが出りゃがったな。伝六ッ、伝六ッ。どこをまごまごしているんだ。ちょっくらあそこのお腰元衆のところへいって、お蘭がどうしておらんのか、ついでに二十四本のしごきの中も洗ってきなよ」
「へへんですよ。まごまごしていたんじゃねえ、それをいま洗ってきたんだ。二十五本納めたしごきが花見に浮かれ出たのに一本不足の二十四本とは、これいかにと思ったからね、ちょいと気をきかして当たってみたら、不思議じゃござんせんかい。二十四本のしごきはみなからっぽのぬけがらで、お蘭弁天がまたどうしたことか、きのう急に浅草の並木町とやらの家へ宿下がりを願い出して、それっきりきょうも姿を見せんというんですよ」
「なにッ、そうか! さては、やられたなッ。芽が吹きやがった。ゆうべ八丁堀へこかし込んだあのちゃちなおどし文のなぞが、それでようやく新芽を出しやがったわい。幸助ッ、むろんおまえがおどし文なんぞ、あんないたずらしたんじゃあるめえな」
「め、め、めっそうもござりませぬ。文取り返したさに、この四、五日は無我夢中、どんなおどし文かは存じませぬが、てまえの書いたものは文違いでござります」
「しゃれたことをぬかしゃがらあ。伝六ッ、お蘭の家は並木町のどこだといった」
「かどにかざり屋があって、それから三軒めのしもた屋だという話です」
「眼《がん》はそこだ。――お山同心のかたがた! お聞きのとおりでござる。慈悲は東照宮おんみたまもお喜びなさるはず、お召し捕《と》りの八人のやくざ者たちは、百たたきのおしおきにでもしたうえ、放逐しておやりくだされい。――幸助ッ」
「へえ」
「人の色恋のおてつだいはあんまりぞっとしねえが、お蘭しごきのくふうがあだめかしくて気に入った。おいらが慈悲をかけてひと知恵貸してやるからな。そのかわり、今すぐ南町ご番所へ自訴にいって、しかじかかくかくでござりますと正直に申し立てろ。さすれば、しごきをとられたお嬢さんたちの名まえも居どころもわかるはず。わかったら、けちけちしちゃいけねえぜ。おわびのしるしにお菓子折りの一つずつも手みやげにして、とったしごきは返してやりな。いいかい、忘れるなよ」
「ありがとうござります。このとおり、このとおり、お礼のしようもござりませぬ」
「拝むなはええや。無事におったら、お蘭弁天さまでもたんと拝みなよ。伝あにい! 用意はいいのかい」
「いうにゃ及ぶでごぜえます! ちきしょう、雨が小降りになりやがった。散れ散れ花散れ駕籠《かご》飛ばせとくりゃがらあ。山下で用意をしておりますからね。二丁ですかい、一丁ですかい」
「おごってやらあ。二丁にしなよ」
「ちぇッ、話せるね。こんなきっぷのいいおだんなを、なんだってまた江戸の女の子がいつまでもひとりでおくんだろうな。ほれ手がなけりゃ、おらがほれてやらあ。待っているからね、ゆっくり急いでおいでなせえよ」
 花のふぶきをひらひら浴びて、小降りの雨にしっぽりぬれて、花びら散り敷く道を山下めがけていっさん走りでした。

     4

 しかし、そろえて待っていたその二丁の駕籠に乗ると同時です。けたたましく伝六が音をあげました。
「だんな、だんな、今ごろになって出りゃがった。変な野郎が、ちょこちょことつけだしましたぜ!」
「ほほう。案の定新芽が出たか。いずれはちゃちな野郎だろうが、念のために首実検しようかい」
 おどろきもせず、たれのあわいからのぞいてみると、これが早い、――年のころは三十七、八、町人づくり。雨の中を長ぞうりはいて着流しのくせに、ちょこちょこと二十間ばかりのあとから、じつに足が早いのです。
「まず町飛脚という見当かな。黒幕はたしかに二本差しにちげえねえが、あんなやつまで手先に使って、上野へ来たことまでかぎつけて、この山下に張り
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