なとお捜しくだされませ。お案内いたしまするでござります」
「さすがは名工、肝に鍛えができているとみえて、なかなかに神妙のいたりだ。弥七郎が寝起きしていた居間はどこかい」
「ところが、変な男といえば変な男でござります。あちらにあれのためのへやが一つ取ってあるのに、人形の中へ寝るが好きじゃと申して、毎夜この仕事べやに寝起きしておりましてござります」
「ほほう。のらくら者で、仕事に魂の打ち込めぬなまけ者が、焼き人形の中に寝るが好きとは、なにさま変わっておるな。だいぶ色焼きのみごとな人形が並んでいるじゃないかよ。宗七焼きの粋というしろものを、しみじみ拝見するかね」
いいつつ、あちらこちらとたなからたなへ見ながめていたその目に、はしなくも映ったのは、ひときわできばえのすぐれた三体の人形です。珍しいことに、その三体が三体共に、ただひと色のじつにすっきりしたいやみのない群青《ぐんじょう》色でした。
しかし、よくよく見比べると、三体の焼きぐあい、色付けの仕上がり、細工のできばえに、あきらかな優劣が見えるのです。右がいちばん上でき、まんなかがそれにつづき、左端のがもっともふできでした。
「こぶ[#「こぶ」は底本では「ごぶ」]泥《でい》、いや、泥斎」
「はッ」
「いい焼き色だな。この三体はだれの作かい」
「てまえとせがれと弥七郎とで、それぞれ一体ずつ、この正月の初焼きにこしらえたものでござります」
「いちばん左はだれの作かい」
「せがれでござります」
「まんなかは?」
「てまえの作でござります」
「ほほう、そうかい。とすると、右端が弥七郎の作だな」
「さようでござります」
「おかしなこともあればあるものだ。ちょっと拝見するかな」
仕事に精進していないといったはずの弥七郎の作が、師泥斎をもしのぐできばえに不審をうって、いぶかりながら手にとりあげて台じりを返して見ると、なるほど彫りがある。泥斎門人弥七郎作、という焼き彫りの銘が、無言のなぞを秘めながら刻まれてあるのです。――名人の声がそろそろとさえだしました。
「妙だな。泥斎! ちっとおかしかねえかい」
「何がでござります」
「せがれ粂五郎のふできはとにかくとして、のらくら者の弥七郎が、師匠のおまえさんより上物をこしらえるとは変じゃないかよ」
「なるほど、しろうと目にはさように見えるかも存じませぬが、どうしてなかなか、われわれくろうと目には老いても泥斎、自慢するのではござりませぬが、まだまだ弟子に劣るようなものはこしらえませぬ。弥七郎ごとき及びもつかぬはずでござります」
「ほほう。しろうと目だというのかい。そうかもしれぬ。名作名品、芸道のこととなると常人の目の届かぬところがあろうからな。しかし、それにしても――」
「なんでござります?」
「土も同じ、薬も同じ、おそらく窯《かま》も同じ一つ窯であろうが、にかかわらず、焼き色、仕上がりに、できふできのあるは不思議だな」
「どういたしまして、土こそ、薬こそ同じでござりまするが、窯ばかりは一つでござりませぬ」
「それはまたどうしたわけかい」
「そこが流儀のわかれどころ、苦心の入れどころ、火くせ、焼きくせ、窯くせというものがござりまして、えもいわれぬ働きをいたすものでござりますゆえ、てまえの窯、せがれの窯、弥七郎の窯と、窯ばかりは三人別々でござります」
「なるほど、そういうものかい。その窯はどこにある」
「あの庭先の小屋の中に見えるのがそれでござります」
縁側からさしのぞいてみると、いかさま雪に閉ざされた庭の向こうの小屋の中に、三つの窯が見えるのです。
「どれがどうだ」
「右端がてまえ、左がせがれ、まんなかが――」
「弥七郎の窯か」
「そうでござります」
「三窯ともに火口がふさいであるのう」
「この露月町はご承知のとおり増上寺へのお成り筋、煙止めせいとのお達しでござりましたゆえ、そそうがあってはならぬと、二十日《はつか》の夕刻に焼き止めまして、火口ふさいだままになっているのでござります」
「なに、二十日! 二十日の夕刻に火止めしたとのう!」
つぶやきながら、じいっと三つの窯を見比べていたその目が、がぜん[#「がぜん」は底本では「がせん」]、きらりと鋭く光りました。色が違うのです。形も様式も三つながら同じであるのに、泥斎親子の窯といった左右の二つに比べると、まんなかの弥七郎の窯のすそがかすかながらも違った色をしているのです。――黒光り! というよりも油光りでした。しかも、なまなましい、ほんのりとした色ではあるが、まさしくなまなましい油光りなのです。
「伝六ッ。はきものをそろえろ」
ちゅうちょのあろうはずはない。間遠にちらりほらりと、いまだに降りつづけている淡雪を浴びながら、庭先伝いに歩みよると、うち騒ぐ色も見せずに、烱々《けいけい》とまなこを光らしながら、いま一度三つの窯を見比べました。
やはり、色がちがうのです。
目のせいでもない。気のせいでもない。かすかに、ほんのりとにじみ出た色ではあるが、まさしく油光りがしているのです。
いや、そればかりではない。より不審なことは、火口のそのふさぎ方に相違のあることでした。泥斎親子の窯の火口は、当然のごとく表からどろ目張りをもってふさいであるのに、弥七郎の窯の火口は内からふさいであるのです。
せつな!――いぶかしみながらあとにつき従ってきた泥斎のところへ、さえざえとした声が飛びました。
「こぶ泥! びっくりするじゃねえぜ! おいらがどこのだれだか知ってるだろうな」
「はッ、存じておりまする。右門のだんなさまと気がついたればこそ、何をお見破りかと不審に思いまして、おあとについてまいったのでござります」
「ならば、改まって名のるにも及ぶめえ。右門流の眼《がん》のさえというな、ざっとこんなもんだ。よくみろい!」
声もろともに小わきざし抜き払って切り裂いた疑問の火口が、ぽっかりと口をあけたとたん!
「あッ!」
期せずして、伝六と泥斎の口から驚愕《きょうがく》の声が放たれました。紛れもない人の足首がぶきみにぬッと窯の口からのぞいていたからです。
「あれの足だ! 弥七郎の足だ! 泥斎のこの目に狂いはござりませぬ! まさしく、弥七郎めの足首でござります。ど、どう、どうしたのでござりましょう! あれが、あの男が蒸し焼きになっているとは、どうしたのでござりましょう」
「どうでもない。たった一つの出入り口の火口が内側から塗りこめられてあったとすりゃ、考えてみるまでもねえことよ、まさにまさしく自害だよ」
「えッ。自害! 自、自害でござりまするか! あの男が、弥七郎が、自害をしたというのでござりまするか!」
泥斎のおどろきがつづけられているとき、
「あッ。ちくしょうッいけねえ! いけねえ! 野郎待ちやがれッ。だんな、だんな」
うちうろたえながら、伝六が不意にけたたましい声をあげました。
「野郎が、野郎が、ね、ほら! せがれの青僧が、粂五郎が逃げ出しやがったんですよ!」
「なにッ」
「ね、ほら! ほら! あのとおりまっしぐらに逃げ出しやがったんです。逐電するからにゃ、野郎め何かうしろぐれえことがあるにちげえねえんだ。てつだっておくんなせえよ。野郎足がはええんだ。いっしょに追いかけておくんなせえよ」
うろたえ騒ぎつつ駆けだそうとしたのを、だが右門はおどろくかと思いのほかに、ごく静かでした。
「あわてるな、あわてるな。逃げたきゃ逃がしなよ。どこまで逃げたからとて、おいらの目玉がぴかりと光りゃ、勘どころをはずれたためしはねえんだから、じたばたせずとほっときなよ。それより、こっちを先にかたづけなくちゃならねえ。神妙にしていろよ」
制しておいて、ぶきみも恐れず近よりながら、じいっと窯の中をさしのぞきました。同時に、その目を射たのは、ふびんな最期を遂げた弥七郎のむくろを守護でもするかのごとく、そのそばに置かれてあった一個の立ち人形です。
しかも、そのすばらしさ!
地はだ、色合い、仕上がりともに、一点の非も見えぬすばらしい男の立ち人形でした。あまつさえ、その色のよさ!――魂までも引き入れられるようなただひと色の、さえざえとした群青色なのです。いや、ひと色ではない。ひと色はひと色であっても、その群青色のなかに幽玄きわまりない濃淡があって、その濃淡がおのずから着付けのひだ、しまめを織り出し、人形ながらもそこにあやかな人の息づき、いぶきが聞かれるような玲瓏《れいろう》たる上作でした。
自分といっしょに焼いたにちがいない!
形もまた弥七郎自身の面影を写しとったのではないかと思われる、意味ありげな陶工姿の立ち人形でした。否! 台じりを返してみると、紛れもなく銘があるのです。ワガ姿ヲ写ス、――泥斎門人弥七郎作、というきざみ字が見えました。
「なぞはこれだな! よしッ、伝あにい!」
ひしとかいいだくようにその青人形を胸に抱いて、さっと身を起こすと、静かに命じたことです。
「野郎をつかまえろッ。粂五郎のやつが、なぞのかぎを握っているにちげえねんだ。跡を追いかけろッ」
「跡を追いかけろといったって、とうに野郎はもうつっ走ったんですよ。ばかばかしい。だから、あっしがさっきあわてて呼んだんじゃねえですか。今ごろになって、そんな無理をおっしゃったっても知りませんよ」
「あいもかわらず血のめぐりが鷹揚《おうよう》だな。おいらのやることにむだはねえんだ。これをみろ。きょうは何が降ってると思ってるんだい。よく目をあけてこれを見ろよ」
おちつきはらいながら表へ立って、笑《え》ましげにほほえみながら、静かに指さしたのは庭一面、道一面を埋めつくしている深い雪です。いや、銀白のその深い雪の上に、逃げ延びた先を物語るかのように点々と残されてあった粂五郎の足跡です。
「ちげえねえ。なるほど江戸じゅう雪が積もってるからには、どこまで逃げやがったってぞうさはねえや。おれの血のめぐりもちっとばかり鷹揚《おうよう》かもしれねえが、これに気がつかねえたア粂五郎もちゃちな野郎だね。さあ来い、奴《やっこ》! もう逃がさねえぞ」
まことに、いつもながら名人右門のすることなすことには、そつがない。雪に足跡の残ることを心づいていたればこそ、騒がずに悠揚《ゆうよう》と構えて、追いかけようともしなかったのです。――十手を斜《しゃ》に握りとったあいきょう者を先頭にして、なぞのかぎを追う主従ふたりは、その場から点々と残されている粂五郎の足跡を拾いはじめました。
4
「ウッフフ。ありますぜ。ありますぜ。バカだな。こんなでけえ足跡がおっこちているのも知らねえで、いい気になりながら逃げやがったんだからね。それにしても、なんてでけえ足だろうね。十一文甲高、仁王《におう》足というやつだ。ね! ほらほら。向こうへ曲がっておりますよ」
伝六の悦に入ったこと、さながらに子どものようです。拾っていくうちに、
「はてな、ちきしょう、おつなところで止まっておりますぜ」
てっきり表を町のほうへでも落ち延びたろうと思われたのに、足跡はぐるりと住まいのまわりを半分回って、ぴたり、そこの縁の下のところでとぎれました。――と見えたのが、迷ったにちがいない。もぐって隠れようか隠れまいかとためらったあげく、また逃げだしたとみえて、やはり足跡は表口から往来につづいているのです。
しかし、そう思われたのもつかのま、出てからまたさらに迷ったとみえて、あちらにふた足、こちらに三足、行きつもどりつ、しどろもどろに逃げ惑ってから、くるり引っかえして、足跡はふたたび住まいの庭の裏口目ざしてつづきました。
「ウフフ。あきれけえった野郎だね。めくらが火事に飛び出したんじゃあるめえし、こりゃまたどうしたんですかよ。どこへ逃げやがっても雪ゃあるんだから笑わしゃがらアね」
だが、名人右門の推断はまた別でした。
「やつめ、察するにおくびょう者だな」
「え? そんなことが、またどうしてわかるんですかい。足跡に肝ったまの大小がけえてあるんじゃあるめえし、だれの足跡でも雪に残りゃこういうかっこうをしているんですよ」
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