だからね、いざとなったら、あれをちょっぴり、ね、ほら、いいですかい。草香流でおまじないを頼んますぜ。――さあ来い、野郎ッ。なにもないしょ話したんじゃねえんだぞ。つええんだッ。つええんだッ。草香流を背中に背負ってるんだから、手出しすりゃ、首根っこがそっぽへ向くぞ。出ろッ、出ろッ」
 さぞや死にもの狂いに手向かいするだろうと察して、景気をあおりながら伝六が用心しつつおどり込んでみると、これがふるえているのです。いろはがるたを地でいって粂五郎は、土に頭をもぐらせんばかりにしながら、必死とちぢこまりつつがたがたとやっていたさいちゅうなのでした。
「なんでえ。そのざまは! どこからどこまでもちゃちな野郎じゃねえか。出ろッ、出ろッ。しゃれにもならねえじゃねえか。どろへもぐったからにゃ吐くどろもあるにちげえねえ。とっとと恐れ入っちまいなよ!」
 ひきずり出して、ここを晴れの舞台と伝六が締めあげようとしたのを、
「荒締めゃ身の毒だ。待ちな、待ちな」
 ぴたり押えながら名人が静かに歩みよると、穏やかに、しかし、ぴーんと胸にしみ入るようなことばが、ふるえている粂五郎の頭上に下りました。
「上には慈悲がある
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