くんなせえよ」
うろたえ騒ぎつつ駆けだそうとしたのを、だが右門はおどろくかと思いのほかに、ごく静かでした。
「あわてるな、あわてるな。逃げたきゃ逃がしなよ。どこまで逃げたからとて、おいらの目玉がぴかりと光りゃ、勘どころをはずれたためしはねえんだから、じたばたせずとほっときなよ。それより、こっちを先にかたづけなくちゃならねえ。神妙にしていろよ」
制しておいて、ぶきみも恐れず近よりながら、じいっと窯の中をさしのぞきました。同時に、その目を射たのは、ふびんな最期を遂げた弥七郎のむくろを守護でもするかのごとく、そのそばに置かれてあった一個の立ち人形です。
しかも、そのすばらしさ!
地はだ、色合い、仕上がりともに、一点の非も見えぬすばらしい男の立ち人形でした。あまつさえ、その色のよさ!――魂までも引き入れられるようなただひと色の、さえざえとした群青色なのです。いや、ひと色ではない。ひと色はひと色であっても、その群青色のなかに幽玄きわまりない濃淡があって、その濃淡がおのずから着付けのひだ、しまめを織り出し、人形ながらもそこにあやかな人の息づき、いぶきが聞かれるような玲瓏《れいろう》たる上作
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