です。しかも、これが何を恐れているのか、ひた向きにさしうつむいて、五体のうちにもあきらかな震えが見えるのでした。
「ウフフ。ちとにおいだしたぞ。泥斎、親子であろうな」
「…………」
「なぜ、はきはき答えぬか! せがれでなくば甥《おい》であろうが、どちらじゃ」
「甥ではござりませぬ」
「ひねったことを申すのう。甥でないゆえせがれじゃと申したつもりか。せがれならばせがれと、すなおに申せ!――せがれ! 名はなんというか!」
「名、名は……」
「名はなんというか!」
「粂《くめ》、粂五郎と申します……」
「ひとり身か!」
「ま、まだ家内を迎えませぬ……」
「ウフフ。それだけ聞いておかば、これから先はちっと生きのいい啖呵《たんか》入りでいこうかい。泥斎老人、お互い心配だな。弥七郎は二十日《はつか》の夕刻から消えてなくなったってね」
「へえ、しようのないのらくら者で、三日にあげず悪所通いはする、ばくちには入れ揚げる、仕事はなまける、いくつ人形を焼かしても手筋はわるい、七年まえから内弟子に取ってはいたんですが、からきしもう先に望みのない野郎でございましたんで、どこへいったのやら、あの晩ふらふらと出て
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