じゃねえかよ。まあ、そこへすわって、あごでもはずして、ふところへしまってから、とっくりとこれを見なよ」
 ようやくのことに、訴状箱の中から目ざしたネタを捜し当てたとみえて、さわやかにうち笑《え》みながら、かんかん虫の伝六の目の前に差しつけたのは、じつに次のごとき三通の訴え状です。

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取り急ぎ書面をもって奉願上候《ねがいあげたてまつりそうろう》。拙者せがれ弥七郎儀、七年このかた芝露月町土偶師|泥斎《でいさい》方に奉公まかりあり候ところ、なんの子細あってか、昨二十日夕刻よりとつぜん行くえ知れずにあいなり候との由。寝耳に水のしらせうけ候あいだ、ぎょうてんつかまつりさっそくに八方心当たりを捜し求め候《そうら》えども、いずれへ参りしものかさらに行くえしれず、親の身として心痛ひとかたならず候につき、書面をもってお訴え申し上げ候。なにとぞ特別なるご慈悲をもって、火急にご詮議《せんぎ》お取り調べのうえ、一日も早くお捜し出しくだされたく。右伏して奉願上候。
 正月二十一日
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[#地から3字上げ]願い主 芝入舟町甚七店
[#地から2字上げ]束巻き師 源五兵衛
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