いいえ、あしたになってはまにあいませぬ。てまえは京橋|薬研堀《やげんぼり》のろうそくや大五郎と申す者でござります。うちの女房が、けさほどお将軍さまのお成り先へ裸で飛び出したとか、駆けだしたとか申しまして、こちらへお引っ立てになったそうでござりまするが、あれは三年まえから気の触れている者でござります。座敷牢《ざしきろう》に入れておいたのを知らぬまに飛び出したのでござりますゆえ、お願いでござります。お下げ渡しくださりませ。お願いでござります」
「べらぼうめ。人の気違いの女房なんぞ、だれが酔狂にさらってくるけえ。おら知らねえや。係りが違うんだ。お係りが違うんだから、あっちへ行きなよ」
「ウフフ」
「え! なんです、だんな! いちいちとしゃくにさわるね。ウフフとは何がなんですかよ。お係りが違うから違うといったんですよ。骨おしみをしてはねつけたんじゃねえんだ。笑う暇があったら、だんなこそとっととらちをあけりゃいいんですよ。ほんとにまったく、がんがんしてくるじゃござんせんかい」
「控えろッ」
「え……?」
「おきのどくだが、そのらちがな」
「あいたんですかい!」
「あいたからこそ、うれしくもなった
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