ぞや、においばかりかがしたきりで、ご賢察願いあげ奉り候とはくどいですよ。いかにも思わせぶりで、しゃくにさわるんだ。しかも、だんながまた、――ああ、いけねえ! どこまで人に気をもませるんでしょうね。まさかと思ったのに、そこをそっちへ曲がっていきゃお番所じゃねえですかよ。ここにちゃんとけえてあるんだ。ご賢察《けんさつ》奉願上候《ねがいあげたてまつりそうろう》。芝入舟町|甚七店《じんしちだな》束巻き師源五兵衛と所名まえがはっきりけえてあるんですよ。ひと飛びにあっちへ行ったほうが早道なんだ。ね、ちょっと!――ちょっとったら、ね! ちょっと!」
鳴れど叫べど、ひとたびこうと眼《がん》をつけてやって来たからには、もうむっつり右門です。町々つじつじの警備に出払ってしまってひっそり閑と静まり返っているお番所の中へさっさとはいっていくと、てこでも動くまいといいたげに、どっかりすわったところは訴状箱の前でした。しかも、すわると同時に、これがいかにもおちついているのです。一状、一封、一枚、一枚、と箱いっぱいに投げ込まれてある訴え状をかたっぱしから丹念に見調べだしたので、鳴り屋の千鳴り太鼓が、ここをせんどと
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