るやつらが今もあそこに何百匹並んでいるか知らねえが、用だ、あいきた、あっしでしょうねと、目から腹へ話のできる者ア、はばかりながらこの伝六様ひとりきりなんだからね。来ましたよ、来ましたよ。ね、ちょいと。御用の筋ゃなんですかい、お駕籠《かご》ですかい」
ひとりで心得ながら、得意になってはせつけたのを、むっつり流十八番、にこりともしないのです。黙ってぬうと伝六の手にあのなぞ深い直訴状を渡しておくと、
「忙しいんだ。ついてこい」
いうように、黙々としてそでの雪を払いおとしながら、群れ騒ぐ群衆の間を押し分けて、さっさと道を急ぎました。
2
しかも、早い。じつに早い。
さすがの伝六も毒気を抜かれて、追いつくことも鳴ることもできないほどにすばらしく早いのです。大またにすたすたと裏小路へ抜けて、金看板のむっつりぶりもあざやかに、一路目ざした方角がまたじつに意外でした。何を訴えた訴状であるか、直訴の的はどこにあるか、なぞを解くならまず第一番に訴人が住まいの入舟町へはせつけて、そこから先に手を染めるのが事の順序であろうと思われたのに、奇怪にも目ざした道はまがうかたなく数寄屋橋《すきや
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