文言を連ねておくのが普通であるのに、ご賢察奉願上候とあっさり訴えてあるのです。
 何のなぞ?
 何の直訴か?
 不審なその訴状を見ては、いかな名人右門もはたと当惑するだろうと思われたのに、いつもながらじつにおそるべき慧眼《けいがん》でした。上から下とすらすら読み下すや同時に、早くもなにごとか看破するところがあったとみえて、さわやかな微笑をほころばせながら、静かに下馬札の陰から姿を見せると、群れたかる黒山の群衆を望んで、しきりと何者かを捜し求めました。せつなです。
「あっしですかい! あっしですかい! え? だんな。お捜しになっているのはあっしでしょうね。まだかまだかと、しびれをきらして待ってたんだ。行きますよ、行きますよ。今めえります」
 聞いたような音色が突如として群衆の中から揚がったかと見るまに、ここをせんどと得意顔をうちふりながら、ひょこひょこと駆けだしてきたのは、だれでもない伝六でした。しかも、これがいっこうにおかまいもなく、豪儀と大立て者にでもなったようなつもりで、さっそくもう始めました。
「ざまあみろい。ちくしょう! まったく胸がすうとすらあね。どんぐり眼でしゃちこばってい
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