り道へ、
「堀《ほり》丹羽守《たんばのかみ》様ア――」
「太田|摂津守《せっつのかみ》様ア――」
「石川|備中守《びっちゅうのかみ》様ア――」
声から声がつづいて、待ちうけていたお跡参りの乗り物があとからあとからと、洪水《こうずい》のように流れだしました。――目だたぬように名人はすばやく下乗札の陰に身を引くと、静かに直訴状を取り出して押し開きました。同時に、目を射た文字が、じつに不審なのです。
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子を思う親の心は上下みな一つと存じ候《そうろう》。お取り上げこれなきをさらさらお恨みには存ぜず候《そうら》えどもご政道に依怙《えこ》のお沙汰《さた》あるときは天下乱る。
ご賢察|奉願上候《ねがいあげたてまつりそうろう》。
芝入舟町|甚七店《じんしちだな》 束巻師《つかまきし》 源五兵衛《げんごべえ》
謹上《つつしんでたてまつる》
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墨痕《ぼっこん》あざやかに書かれてあったのは、右のような不思議きわまりない幾文字かでした。かりにもご禁制のおきてを犯してあまつさえ一命を投げ捨ててまでも直訴するからには、少なくももっと容易ならぬ
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