えッ――。そなたが、そちがか! そちが隠しごとしていたと申すか!」
「はッ。申、申しわけござりませぬ。明かさばこの身の恥になることと存じまして、今の今まで気どられまいと、色にも出さずひたがくしに隠しておりましたが、だんなさまのただいまのせつなげなおことばを承りましては、もう、もう、おろかな隠しだてしてはおられなくなりました。いいえ、泥斎、身にこたえましてござります。おひとことに打ちのめされましてござります! いいえ、いいえ、弥七郎が苦心の果てのこの群青焼きを見ましては、心魂打ち込んだこの青焼きを見ましては、泥斎恥ずかしゅうてなりませぬ。お笑いくださりまするな。事の起こりは、やはり、みなせがれかわいさの親心からでござります」
「なに! 親心からとは、またどうしたわけじゃ。どうした子細じゃ!」
「いうも恥ずかしい親心――源五兵衛どのが、子ゆえにみごと腹切り召されて、直訴までもしたその親心に比べますればいうも恥ずかしい親心でござりまするが、おろかなせがれ持ったが悲しい因果の一つ、利発な弥七郎めを弟子《でし》に持ったが恨めしい因果の二つ、それゆえにこそ泥斎がこのようなあさましい親心になりましたことも、おしかりなくお察しくだされませ。と申したばかりではおわかりでござりますまいが、じつは、てまえも、せがれも、弥七郎も、三人ともども、この青人形のような濃淡自在の群青色焼き出しを、もう二年越しくふう苦心していたのでござります。なれども、せがれはご覧のような鈍根のうつけ者、群青色焼き分けは夢おろか、てんからふできな、先に望みもないやつなのでござります。それにひきかえ他人さまの子の弥七郎は、さきほどだんなさまがそこのたなの三体をお見比べなさいましてずぼしをお当てなさいましたように、いたっての腕巧者、師匠のこの泥斎すらもときおり舌を巻くような上作を焼きあげるのでござります。それがあさましい親心のきざしたる基、手を取って教えた弟子のなかから流儀流派の名を恥ずかしめぬ門人が生まれましたら、子を捨ててもその者に跡目譲るべきはずのものを、そこがつい親心でござります。せがれに譲りたい、譲るには弥七郎がおってはじゃまじゃ、なんぞ罪着せて破門するが第一と、もともとありもしない秘伝書を盗んだであろう、かすめたであろうと責めたてたのがこんなことになりました。手こそ下しませぬが、この泥斎が殺したも同然、無実の言いがかりに責められるを悲しんで、知らぬまに窯《かま》へはいり自害したに相違ござりませぬ。せめてものなごりにと、このみごとな群青焼きを置きみやげに自害したのでござります」
「そうであったか! つかなんだ。つかなんだ。それまでは察しがつかなんだ。そちも音に聞こえた陶工、名人達者といわれるほどの者の心に、そのような濁りあるまいと存じて疑うてもみなかったのだ。それにしても、泥斎!――魔がさしたのう!」
「面目ござりませぬ! 源五兵衛親子ふたりを殺した泥斎の罪ほろぼしはこれ一つ! ごめんなされませ!」
突然でした。悲痛な声もろともにすっくと立ち上がりざま、そこのたな奥にあった素焼きのかめをかざし持って、頭から五体一面に中の水液をふりかぶったかと思うと、泥斎の覚悟また壮烈です。
「これこそ南蛮渡来の油薬、とくとごろうじませい」
叫びつつ火打ち石取り出して、五体かまわずに切り火を散らし放ったかと見えるや、全身たちまちぱっと火炎に包まれました。同時に、雪の庭へ駆けおりると、生き不動です、生き不動です。火に包まれた不動明王さながらの姿の中から、悲痛な絶叫を放ちました。
「弥七郎許せよ! そなたも焦熱地獄の苦しみうけて相果てた! せめてもの罪ほろぼしに、この泥斎も業火に身を焼いていま行くぞ! 許せよ! 許せよ! いま行くぞ!」
叫びを聞いたとみえて、そのときまでもなお土室の中に隠れすくんでいたらしいあの粂五郎が、まろびつころびつ駆けてくると、遠くからおろおろとして呼ばわりました。
「なにをなさります! おやじさま! そのありさまは、そのお姿は、なんとしたのでござります!」
あと先かまわず走り寄ろうとしたのを、
「行くでない! 寄るな! 行くな!」
身じろぎもせずに端座したままで名人右門が、ぴいんと胸にしみ入るような声もろともしかりつけました。
「死なせい! そちゆえに犯した罪を悔いての最期じゃ。名工の最期飾らせい!」
放たれた声といっしょに、断末魔迫ったか、ばたり、泥斎は火炎に包まれたまま、雪の庭にうっ伏しました。――同時に、まばたきもせず見守っていた名人の口から一言、沈痛な声が放たれました。
「みごとじゃ。泥斎、安らかに参れよ!」
はっと折り曲げたように首をたれると、二筋、三筋、そのほおにしずくの流れをおとしました。――ほっとわれに返って、伝六もいったものです。
「
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