と折り紙つけたむっつり流、狂い知らずのその眼に狂いがあったのです。もののみごとにはずれたのです。
 かつてないほどにうち沈んだ姿でした。思案にあまり、思いに屈したというように、深くふかく考え沈みながら、踏む足も重たげにとぼとぼと取ってかえすと、ものをもいわずにすうとあの仕事場に上がって、かかえ持っていたなぞの青焼き人形を、静かにその前に置きすえながら、どっかと端座して黙々と腕こまねきました。
 へやにいたのはあの泥斎《でいさい》です。意外に思ったか、あっけにとられたものか、それともなにか泥斎自身も思いに沈んでいたのか、無言のままに見迎えて、声もかけずにじいっと押し黙ったままでした。
 しかし、その目は、ときおり、芸道にいそしむ者のみが持つ、燃えるような、きらめくような、異様な光とともに、吸い寄せられでもするかのごとく、青焼き人形にふりそそがれました。
 名人右門の目もまた同様です。
 おくれてはいってきた伝六も――、いっぱしの立て役者がましく、気味わるそうに青焼き人形をながめては首をひねり、ひねっては名人の顔をうちながめ、ながめてはまたしきりに首をひねって、あのやかましいのが事の意外な変わり方にしたたか肝をつぶしたらしく、すっかり鳴りをひそめたままでした。
 なぞはいたずらに濃くなるばかり。
 ただ、いぶかしいのは生き身もろとも、共焼きにしたその青焼き人形です。ワガ姿ヲ写ス、弥七郎作とある銘もなぞ、共焼きもなぞ、色もなぞ。その色がまたぶきみなほどにもさえざえと美しくさえかえって、青みに青み、澄みに澄んだ群青色が、人の心、人の魂をしいんと引き締め、引き入れるような美しさであった。
 声はない……。
 四半刻《しはんとき》!
 声はない……。
 半刻!
 声はない……。
 しんしんとただ気味わるく静まりかえって、なんの声も放たぬなぞの青人形に注がれている三人の目が、六つのひとみが、怪しく輝き、異様に光り、とんきょうに輝きながら、ぶきみにきらめいているばかりです。――いや。やがて、ぱらりと名人の鬢《びん》の毛が、三筋、四筋、六筋、七筋、青白く思案に沈んだそのほおにみだれかかりました。――とたん、かすかにそれがゆれたかと見えるや同時に、はらわたをふり絞ったような声が、悲壮に、うめくように放たれました。
「わからぬ! わからぬ! くやしいな! 伝六ッ」
「…………」
「解けんわい! 解けんわい! この人形のなぞばかりは、なんとしても解けぬ。自害にちげえねえんだ。火口一つより出はいりする口はねえ、その口を中から塗りこめてあったからにゃ、自害にちげえねえんだ。だのに、だのに、くやしいな! 伝六ッ。――みろ! この人形を、とっくりとみろ!」
「み、みているんですよ。そ、そんなに悲しそうな声でおこらなくとも、ちゃんと見ているんですよ」
「見たら、おめえにだってもわかるはずだ。ワガ姿ヲ写ス、弥七郎作と銘が入れてあるんだ。女じゃねえてめえの姿だ。その人形を抱いて共焼きに蒸され死にした弥七郎の了見がわからねえんだ。女なら考えようもある。解きようもある。好いた女にそでにされて、慕っても慕っても思いが通らねえので、せめてもその女の姿を写しとって、心中がわりに蒸され死にしたってえなら話もわかるが、そうじゃねえんだ。てめえの姿を抱いて共焼きになってるんだ。くやしいな! 伝六。わからねえ! 解けねえ、このなぞばかりゃ解けねえよ!」
「だ、だんなにわからねえものなら、あっしに、わたしに、と、解けるはずアねえんですよ。――生まれ変わりてえな。知恵の袋をうんとこしこたま仕込んで、今ここでぴょこんといっぺんに生まれ変わりてえな。く、くやしがらずと、そんなにくやしがらずと、なんとか知恵の水の井戸替えしてみておくんなせえな」
「いくら考えても、それがわからねえんだ。未熟だな……申しわけがない。伊豆守様にお会わせする顔がない……、な! 伝六! 未熟だな。まだおいらも修業が足りねえんだ……この世に、おいらが考えて、おいらがにらんで、解けねえなぞはなにひとつあるめえと思っていたのに、人の心の奥の奥の奥底だきゃわからねえな。いいや、芸道に打ち込んだ者の、魂まで打ち込んで芸道に精進した者の、命までかけた心の秘密ア、心のなぞは、さすがのおいらにもわからねえわい――。未熟だな……未熟だ、未熟だ。くやしいよ。伝六、くやしいな……情けねえな……身の修業の足りねえのが、いまさら恨めしいわい……」
 せつなです。
「申しわけござりませぬ!」
 不意でした。肺腑《はいふ》を突きえぐるようなその声を、黙々として聞いていた泥斎が、とつぜん言い叫んだ声もろともに、がばとそこへひれ伏すと、意外な秘密を明かしました。
「すみませぬ。あいすみませぬ。この老いぼれが隠しだてしていたのでござります」
「なにッ、
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