目には老いても泥斎、自慢するのではござりませぬが、まだまだ弟子に劣るようなものはこしらえませぬ。弥七郎ごとき及びもつかぬはずでござります」
「ほほう。しろうと目だというのかい。そうかもしれぬ。名作名品、芸道のこととなると常人の目の届かぬところがあろうからな。しかし、それにしても――」
「なんでござります?」
「土も同じ、薬も同じ、おそらく窯《かま》も同じ一つ窯であろうが、にかかわらず、焼き色、仕上がりに、できふできのあるは不思議だな」
「どういたしまして、土こそ、薬こそ同じでござりまするが、窯ばかりは一つでござりませぬ」
「それはまたどうしたわけかい」
「そこが流儀のわかれどころ、苦心の入れどころ、火くせ、焼きくせ、窯くせというものがござりまして、えもいわれぬ働きをいたすものでござりますゆえ、てまえの窯、せがれの窯、弥七郎の窯と、窯ばかりは三人別々でござります」
「なるほど、そういうものかい。その窯はどこにある」
「あの庭先の小屋の中に見えるのがそれでござります」
縁側からさしのぞいてみると、いかさま雪に閉ざされた庭の向こうの小屋の中に、三つの窯が見えるのです。
「どれがどうだ」
「右端がてまえ、左がせがれ、まんなかが――」
「弥七郎の窯か」
「そうでござります」
「三窯ともに火口がふさいであるのう」
「この露月町はご承知のとおり増上寺へのお成り筋、煙止めせいとのお達しでござりましたゆえ、そそうがあってはならぬと、二十日《はつか》の夕刻に焼き止めまして、火口ふさいだままになっているのでござります」
「なに、二十日! 二十日の夕刻に火止めしたとのう!」
つぶやきながら、じいっと三つの窯を見比べていたその目が、がぜん[#「がぜん」は底本では「がせん」]、きらりと鋭く光りました。色が違うのです。形も様式も三つながら同じであるのに、泥斎親子の窯といった左右の二つに比べると、まんなかの弥七郎の窯のすそがかすかながらも違った色をしているのです。――黒光り! というよりも油光りでした。しかも、なまなましい、ほんのりとした色ではあるが、まさしくなまなましい油光りなのです。
「伝六ッ。はきものをそろえろ」
ちゅうちょのあろうはずはない。間遠にちらりほらりと、いまだに降りつづけている淡雪を浴びながら、庭先伝いに歩みよると、うち騒ぐ色も見せずに、烱々《けいけい》とまなこを光らしながら、いま一度三つの窯を見比べました。
やはり、色がちがうのです。
目のせいでもない。気のせいでもない。かすかに、ほんのりとにじみ出た色ではあるが、まさしく油光りがしているのです。
いや、そればかりではない。より不審なことは、火口のそのふさぎ方に相違のあることでした。泥斎親子の窯の火口は、当然のごとく表からどろ目張りをもってふさいであるのに、弥七郎の窯の火口は内からふさいであるのです。
せつな!――いぶかしみながらあとにつき従ってきた泥斎のところへ、さえざえとした声が飛びました。
「こぶ泥! びっくりするじゃねえぜ! おいらがどこのだれだか知ってるだろうな」
「はッ、存じておりまする。右門のだんなさまと気がついたればこそ、何をお見破りかと不審に思いまして、おあとについてまいったのでござります」
「ならば、改まって名のるにも及ぶめえ。右門流の眼《がん》のさえというな、ざっとこんなもんだ。よくみろい!」
声もろともに小わきざし抜き払って切り裂いた疑問の火口が、ぽっかりと口をあけたとたん!
「あッ!」
期せずして、伝六と泥斎の口から驚愕《きょうがく》の声が放たれました。紛れもない人の足首がぶきみにぬッと窯の口からのぞいていたからです。
「あれの足だ! 弥七郎の足だ! 泥斎のこの目に狂いはござりませぬ! まさしく、弥七郎めの足首でござります。ど、どう、どうしたのでござりましょう! あれが、あの男が蒸し焼きになっているとは、どうしたのでござりましょう」
「どうでもない。たった一つの出入り口の火口が内側から塗りこめられてあったとすりゃ、考えてみるまでもねえことよ、まさにまさしく自害だよ」
「えッ。自害! 自、自害でござりまするか! あの男が、弥七郎が、自害をしたというのでござりまするか!」
泥斎のおどろきがつづけられているとき、
「あッ。ちくしょうッいけねえ! いけねえ! 野郎待ちやがれッ。だんな、だんな」
うちうろたえながら、伝六が不意にけたたましい声をあげました。
「野郎が、野郎が、ね、ほら! せがれの青僧が、粂五郎が逃げ出しやがったんですよ!」
「なにッ」
「ね、ほら! ほら! あのとおりまっしぐらに逃げ出しやがったんです。逐電するからにゃ、野郎め何かうしろぐれえことがあるにちげえねえんだ。てつだっておくんなせえよ。野郎足がはええんだ。いっしょに追いかけてお
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