です。しかも、これが何を恐れているのか、ひた向きにさしうつむいて、五体のうちにもあきらかな震えが見えるのでした。
「ウフフ。ちとにおいだしたぞ。泥斎、親子であろうな」
「…………」
「なぜ、はきはき答えぬか! せがれでなくば甥《おい》であろうが、どちらじゃ」
「甥ではござりませぬ」
「ひねったことを申すのう。甥でないゆえせがれじゃと申したつもりか。せがれならばせがれと、すなおに申せ!――せがれ! 名はなんというか!」
「名、名は……」
「名はなんというか!」
「粂《くめ》、粂五郎と申します……」
「ひとり身か!」
「ま、まだ家内を迎えませぬ……」
「ウフフ。それだけ聞いておかば、これから先はちっと生きのいい啖呵《たんか》入りでいこうかい。泥斎老人、お互い心配だな。弥七郎は二十日《はつか》の夕刻から消えてなくなったってね」
「へえ、しようのないのらくら者で、三日にあげず悪所通いはする、ばくちには入れ揚げる、仕事はなまける、いくつ人形を焼かしても手筋はわるい、七年まえから内弟子に取ってはいたんですが、からきしもう先に望みのない野郎でございましたんで、どこへいったのやら、あの晩ふらふらと出ていったきりいまだに帰らねえところをみると、また女のところにでもはまっているんじゃねえかと思っているんでごぜえます」
「ちっと変だね」
「何がでございます?」
「でも、おやじの源五兵衛の訴え状にゃ、たいそうもなくできのいいりちぎ者だと、きわめ書きをつけてあるぞ」
「とおっしゃいますと、なんでございますか。源五兵衛どんがなんぞお番所へでも訴えてまいったんでございますか」
「訴えたどころじゃねえ、腹を切って伊豆守様に直訴をしたぜ」
「えッ――。まさか! まさかに、そんなことも――」
「これをみろい。直訴状だ、みごとな最期だったよ。肝が冷えたかい」
「なるほど! そうでござりましたか――。思いきったことをやりましたな。いいや、無理もござりますまい。のらくら者でしたが、老い先かけて楽しみにしておったひとり子でござりますもの。それが消えてなくなったとなると、親の身にしてみれば心配のあまり、命を捨てて直訴もする気になりましたろうよ。それにしても、親の心子知らず、どこへ姿をかくしたのやら、弥七郎めはばち当たりでござります。てまえども親子にうしろめたいことはなに一つござりませぬ。ご不審の晴れるまで、どこなとお捜しくだされませ。お案内いたしまするでござります」
「さすがは名工、肝に鍛えができているとみえて、なかなかに神妙のいたりだ。弥七郎が寝起きしていた居間はどこかい」
「ところが、変な男といえば変な男でござります。あちらにあれのためのへやが一つ取ってあるのに、人形の中へ寝るが好きじゃと申して、毎夜この仕事べやに寝起きしておりましてござります」
「ほほう。のらくら者で、仕事に魂の打ち込めぬなまけ者が、焼き人形の中に寝るが好きとは、なにさま変わっておるな。だいぶ色焼きのみごとな人形が並んでいるじゃないかよ。宗七焼きの粋というしろものを、しみじみ拝見するかね」
いいつつ、あちらこちらとたなからたなへ見ながめていたその目に、はしなくも映ったのは、ひときわできばえのすぐれた三体の人形です。珍しいことに、その三体が三体共に、ただひと色のじつにすっきりしたいやみのない群青《ぐんじょう》色でした。
しかし、よくよく見比べると、三体の焼きぐあい、色付けの仕上がり、細工のできばえに、あきらかな優劣が見えるのです。右がいちばん上でき、まんなかがそれにつづき、左端のがもっともふできでした。
「こぶ[#「こぶ」は底本では「ごぶ」]泥《でい》、いや、泥斎」
「はッ」
「いい焼き色だな。この三体はだれの作かい」
「てまえとせがれと弥七郎とで、それぞれ一体ずつ、この正月の初焼きにこしらえたものでござります」
「いちばん左はだれの作かい」
「せがれでござります」
「まんなかは?」
「てまえの作でござります」
「ほほう、そうかい。とすると、右端が弥七郎の作だな」
「さようでござります」
「おかしなこともあればあるものだ。ちょっと拝見するかな」
仕事に精進していないといったはずの弥七郎の作が、師泥斎をもしのぐできばえに不審をうって、いぶかりながら手にとりあげて台じりを返して見ると、なるほど彫りがある。泥斎門人弥七郎作、という焼き彫りの銘が、無言のなぞを秘めながら刻まれてあるのです。――名人の声がそろそろとさえだしました。
「妙だな。泥斎! ちっとおかしかねえかい」
「何がでござります」
「せがれ粂五郎のふできはとにかくとして、のらくら者の弥七郎が、師匠のおまえさんより上物をこしらえるとは変じゃないかよ」
「なるほど、しろうと目にはさように見えるかも存じませぬが、どうしてなかなか、われわれくろうと
前へ
次へ
全14ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング