くらいでした。しかも、これがただお参りするのではないからかなわないのです。行きと帰りと絶え間なく続くそのお召し駕籠が、途中すれ違ったとなると、
「酒井|大和守《やまとのかみ》様ア――」
「土屋|相模守《さがみのかみ》様ア――」
 といったぐあいに、いちいち名のりをあげて、いちいちまたたれをあげながら、お大名どうし双方ごあいさつ会釈をかわさねばならぬしきたりになっているため、ややこしさ、ぎょうぎょうしさ、もしも気短者の伝六が万石城持ちの相模守にでもなっていようものなら、さぞかし、べらぼうめ、じれってえや、の巻き舌|啖呵《たんか》が絶え間なくお乗り物から飛び出したにちがいないほどの煩わしさでした。
 そのうえに見物は町々屋並みを埋めるばかり、将軍家還御になってしまうと、道に張られていた引きなわはいっせいにもう取りのけられて、見物かってのお許しになっているため、雪にもめげずに押し寄せた有象無象が、押すな押すなの大混雑です。
「ちくしょうッ」
「いてえ!」
「踏んだな!」
「やかましいや。半鐘どろ! やい。のっぽ野郎! そのろくろ首をひっこめろッ」
「じゃまっけで見えねえじゃねえか。ひっこぬいて、たもとの中へしまっちまいなよ!」
「なんだと! べらぼうめ。張り子のとらじゃねえや。首の抜き差しができてたまるけえ。産んだ親がわりいんだ。不足があったら、親にいいなよ」
 右からわめき、左からののしる声の間を、急がず遅れず溜《た》め塗りご定紋入りのお駕籠《かご》をうたせて、格式どおりのお供人を従えながら、しずしずとさしかかってきたのは、だれでもない松平の御前でした。わが捕物《とりもの》名人むっつりの右門とは、切っても切れぬゆかりの深い知恵宰相|伊豆守《いずのかみ》です。
 おりからからりと明けて、雪も間遠にちらりほらり……。
 さすがは天下の執権、ご威勢もさることながら、おのずからに備わるご貫禄《かんろく》もまたあっぱれでした。早くも宰相伊豆守のご行列と知ってか、わめき騒いでいた群衆はいっせいに鳴りを静めて、しいんと水を打ったようです。その中をお駕籠は粛々と行列をつづけて、駕籠止め下馬の山門に乗りつけたのがかっきり六ツ下がりでした。ここから先は、天下のご執権老中職といえども乗り物ご禁制です。
 ぴたりとお駕籠が止まる。
 長柄のかさを介添える。
 おぞうりをそろえる。
 たれが上が
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