のわりい細工がしてあるかもしれねえ。中を改めてみるから、その三宝をちょっとこっちへ貸しな」
引きよせて三宝の上にその一個をうちのせながら、すういと静かにわきざしでまっ二つに切り裂いたせつな! 果然、中からにょっきりと奇怪なひと品が現われました。針です! 針です! ぶきみに妖々《ようよう》と研《と》ぎすまされた長い針なのです。
「ちくしょうッ。気味のわりいものが出やがったね。ぞおッとなりゃがった! なんです! なんです!」
「…………」
「え! だんな! 針じゃござんせんか! ミスヤのもめん針にしちゃ長すぎるし、畳針にしちゃ短すぎるし、なんです! なんです! いってえなんの針ですかい!」
やかましくそばから鳴りたったのを、黙々としながらあごをなでなで、ややしばしじいっと見守っていましたが、やがて、ずばりとさえまさった一語が放たれました。
「含み針だッ。たしかにこりゃ含み針だぜ!」
「え……?」
「一|太刀《たち》、二|槍《やり》、三|鎖鎌《くさりがま》、四には手裏剣、五に含み針と数え歌にもあるじゃねえか。口に含んでこれを一本急所に吹き込んだら、大の男も命をとられるというあの含み針だよ。しかも、こりゃまさしく山住流《やまずみりゅう》の含み針だ。三角にとがったこの先をみろ。村雨流《むらさめりゅう》、一伝流と含み針にもいろいろあるが、針の先の三角にとがっているのは山住流自慢のくふうだよ。ここまで眼《がん》がつきゃ、もうお手のものだ。そろそろと、伝六ッ――」
「ありがてえ! 駕籠《かご》ですかい! 駕籠ですかい! ざまあみろッ。だからいわねえこっちゃねえんだ。もぞりとひとなであごをなでりゃ、このとおりぱんぱんと眼がつくんだからね、景気よくぶっ飛ばすようにちょっくらと駕籠をめっけてめえりますから、お待ちなせえよ」
わがことのようにおどり上がって駆けだそうとしたとき、
「お願いでござります! お願いでござります! たいへんなことになりました。お願いでござります!」
あわただしげに表先から呼びたてる声が耳を打ちました。
「どなたか早くお顔をお貸しくだせえまし! たいへんなことになったのでごぜえます! お早くだれかお顔をお貸しくだせえまし!」
「うるせえな! 何がどうしたというんだ。それどころじゃねえ、いま大忙しなんだよ。用があったら庭へ回りゃいいんだ。だれだよ! だれだよ! どこのどいつなんだ!」
「お騒がせいたしましてあいすみませぬ。では、ごめんなんし。そちらへ参ります。――さっきはどうも失礼。どこのどやつでもねえ、あそこでお目にかかったあっしでごぜえますよ」
声といっしょにぺこりと頭をさげながら、ぬうとその庭先にのぞいた顔は、だれでもないあの土橋ご門のわきで親分さかさねこ伝兵衛の影にかくれながら、しきりとさいころをいじくっていた三下奴です。――見ながめるや同時に伝六のいきりたったのは当然でした。
「ちくしょうッ。うぬかッ、うぬかッ、さっきはよくもおいらをはめりゃあがったな! なんの用があってうしゃがったんだッ。まだだまし足りねえので[#「足りねえので」は底本では「足りええので」]、またのめのめと来やがったか!」
「冗、冗、冗談じゃござんせんよ! さっきはさっき、今は今なんでごぜえます。じつあ、親分が、あの親分がね、死んだんです! 殺されたんです! 突然と変な死に方をしちまったんですよ!」
「なにッ。え、そりゃほんとうかい! ほんとうかい! いつ、どこで、どんな死に方しやがったんだ」
「うちなんです! 大根河岸のあのうちなんですがね。だんなたちと別れてうちへけえってくるとまもなく、庭先からだれか呼ぶ声がありましたんでね、なにげなく親分が縁側まで出ていったと思ったら、もうどたりとひっくりけえちまったんですよ。なんしろ、死に方が尋常じゃねえからね、さっきはさっき、今は今と大急ぎにだんなたちのところへお知らせに飛んでめえったんです」
「ちくしょうめッ、さあことだッ。さあことだッ。またややこしいことになりやがったですぜ! だんな! だんな! どうするんですかい! え! だんな! どうなさるんですかい!」
「ウフフ、やったな。がんがん騒ぐなよ。雲行きが変われば変わったで、また手はあるんだ。筋書きどおりかもしれねえ。早く駕籠の用意しな」
うち騒ぐかと思いのほかに、名人はいたって静かでした。ご用駕籠を仕立てさせて、のっそりと腰うちすえながら飛ばせていったところは、話のその大根|河岸《がし》です。
3
「まごまごするない! どこなんだ。どこなんだ。ねこ伝がふんぞりけえっているところはどっちだよ」
伝六にしかられながら三下奴が案内するままに内庭さきへはいってみると、いかさま不審な死に方でした。縁側からさかさになって半身をのめらしながら、あおむけざまに打ち倒れているのです。しかも、血はない! どこに一点血の吹いたところも、ぐさりとやられた跡もないのです。
「野郎め、つまらねえ死に方しやがったね。名まえも考えてつけるもんですよ。さかさねこの伝兵衛なんてつけやがったから、さかさにのめって死にやがったんだ。まさかに、てんかんじゃありますまいね。え? ちょっと! 縁側てんかんってのがあるかもしれませんぜ」
たちまちやかましく始めたのを、柳に風と聞き流しながら、ねこ伝の胸のあたりをじろりと見つめたそのせつな! すばらしいともなんともいいようのない眼のさえでした。
「まさに含み針だッ。ウフフ。よくみろよ。おめえのようなあわて者では、いわれるまでわかるめえが、ねらわれたところは心の臓だ。ぶつぶつと小さな穴が乳下にあいているところをみると、あのおっかねえ山住流の三角針が五、六本心の臓をお見舞い申したんだよ。七つ橙の頼み手が、名をしゃべられちゃなるめえと、口止めにこんなむごいまねをしたにちげえねんだ。こうなりゃ、もう先を急がなくちゃならねえんだから、がんがん鳴ると縁を切るぜ!」
ぴたりと一本おしゃべり太鼓の伝六にとどめのくぎをさしておくと、鋭く烱々《けいけい》とまなこを光らしながら、何か手がかりになるべき品はないかと、しきりにあちらこちら見調べていましたが、そのときはしなくも目に映ったのは、惨事のあった内庭に通ずる裏木戸のくいの根もとに、無言の秘密となぞを残しながら捨てられてあった一個の小さな赤い袋です。それもただの袋ではない。小楊枝《こようじ》でも入れてあったのではないかと思われるような、なまめかしくも赤い紅絹《もみ》の切れの袋でした。
拾いあげてかいでみると、におうのです! におうのです! ぷーんとなやましいはだのにおいが、否、紛れもないおしろいの移り香がするのです。――同時でした。
「まさしく女だッ。飛んだお忘れものよ。含み針を入れてあった袋だぜ。ね、おい、伝あにい。下手人は女と決まったぞ」
「そ、そう、そうですよ。そうなんですよ」
聞いて口をさしはさんだのは、伝六ならぬあの三下奴でした。
「おっしゃるとおり、たしかに女ですよ。やさしい声で、この木戸口のあたりから、もうし親分、あのもし親分さんえ、と、こんなに呼びましたんでね。ひょっくりとうちの親分がこの縁側まで出ていったと思ったら、ぱたりとのけぞる音がきこえたんですよ。だから、すぐに飛び出してみたんですが、声はあれども姿はなしというやつでね。もうそのときゃ、影も形もなかったんですよ」
「なんでえ、つがもねえ。それならそうと早くいやいいじゃねえかよ。女の声で呼んだことまでも知っているなら、どこのどやつかおおよそ見当がつくだろう。さっきはうまいことこちらのかわいいあにいに一杯食わせたようだが、今度の相手はちっと役者がお違いあそばすんだ。どこのだれが七つ橙を頼んだか、隠さずに名をいいな。親分殺しの下手人は、その頼み手にちげえねえんだ。早く白状すりゃ、それだけ早くかたきがとれるぜ」
「ところが、あいすみませぬ。あっしはもとより、子分の者はだれひとり肝心のその頼み手を知らねえんですよ。また、うちの親分という人は、日ごろがそういう偏屈屋なんです。何をするにしても、どこからけんかを頼み込まれても、自分ひとりだけが心得ておって、あっしら子分にはつめのあかほども物を明かさねえ人なんだからね、隠そうにも、打ち明けようにも、だいたい見当がつかねえんですよ。だからこそ、さっきもいっそ駕籠かきどもを締めあげたほうが早くわかるだろうと、そちらのだんなにも思ったとおり申しあげたんですよ」
「そのことば、うそじゃあるめえな」
「いまさらうそなんぞいってなりますものか! あの橙の頼み手を知っているものは、この広い世の中でうちの親分がたったひとりなんだ。その親分が殺されたとなりゃ、わっちらにとっても頼み手の野郎はもうかたきですよ。かたきならば、隠すどころか、何もかも申し上げて、ことのついでにあっしどもも仕返しがやりてえんだ。いいますよ! いいますよ! 知っておったら隠さずに申しますよ!」
「なるほどな。そうと事が決まりゃ、ひと知恵絞らざなるめえ。正月そうそう飛び歩くのはぞっとしねえが、しかたがねえや。では、ひとつ右門流のあざやかなところをお披露《ひろう》してやろうよ」
いいつつ、あごをなでなで、片手でしきりとあの紅絹《もみ》の袋をもてあそんでいましたが、――せつな! なにごとか思いついたとみえて、フフンというように軽く微笑すると、じつに不意です。ずばりとあざやかなその右門流が飛び出しました。
「急がなくちゃならねえ! ひとっ走り、伝六、寺社奉行さまのところへ行ってきな」
「フェ……?」
「何をとんきょうな返事しているんだ。寺社奉行さまのところへ大急ぎに行ってこいといってるんだよ。行きゃいいんだ。まごまごしねえで、はええところ行ってきなよ!」
「行きますよ! 行きますよ! そんなにつんけんとおっしゃらなくとも、行けといやどこへだって行きますがね。それにしても、やにわと途方もねえ、寺社奉行さまなんぞになんのご用があるんですかい」
「お町方とはお支配違いのお寺で少しばかり調べ物をしなくちゃならねえから、踏むだけの筋道を踏んでおかなくちゃならねえんだ。八丁堀同心近藤右門、いささか子細がござりましてご差配の寺改めをいたしとうござりますゆえ、お差し許し願いとうござりますとお断わりしてくりゃいいんだよ。行く先ゃ四ツ谷からだ。おいら、ひと足先にあっちへいって、四ツ谷ご門のところに待っているからな。ほら、駕籠代の一両だ。残ったら、あめでも買いな」
「…………?」
「何をいつまでひねってるんだ。行けといったら、とっとと行きゃあいいんだよ。――ねこ伝身内の奴さんたちもおさらばだ。正月そうそう仏を出して縁起でもなかろうが、因縁ならしかたもあるめえ。ねんごろに葬っておやりよ」
紅絹の袋から寺社奉行へ、寺社奉行からまた四ツ谷ご門へ、なんのかかわり、なんのなぞの橋があるか、不意打ちだけにおよそ不思議な右門流です。――証拠のその赤い袋をそっとうちふところ深くしまい入れて、右と左に伝六とたもとをわかちながら、ゆらりゆらりとここちよげに駕籠をうたせつつ、やがて行きついたところはその四ツ谷ご門前でした。
風が冷たい。いつのまにか新春《にいはる》の日も昼をすぎて、行きついたその四ツ谷ご門あたりは飄々《ひょうひょう》、颯々《さつさつ》とめでためでたの正月風が、あわただしげに行きかわす中間小者折り助たちのすそを巻いて、御慶の声をのせながら吹き通りました。
「お寒う」
「おめでとう」
「ごきげんだね」
「お互いさまだよ。ことしもまたあいかわらず――」
「なんでえ! なんでえ! 何をいいやがるんだ。ことしもまたあいかわらず抜き打ちの右門流でこんなふうにたびたびどぎもをぬかれたひにゃ[#「ぬかれたひにゃ」は底本では「ぬかれたおにゃ」]、お相手のおいらがたまらねえよ。やせるじゃねえか! ほんとうに!――どきな! どきな! じゃまっけだよ! へえい、ただいま――」
声を押し分けながら、八つ当たりに当たり散らして、黙然とあごをなでなで待ちうけていた名
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