相場がきまってるんだ。どうだい、あにい、それでも前うしろがねえのかい」
「ちげえねえ! あいかわらず知恵がこまけえね。だんなもことしでいくつにおなりだか知らねえが、いつまでたっても知恵にさびの浮いてこねえのは豪儀ですよ。そういえば、なるほどそのとおりなんだが、はてね? ええと、どっちへ向いていたっけな? ええと、待てよ。――いや、思い出しました、思い出しました。まさに判然と、いま思い出しましたよ。日本橋の駕籠はたしかに須田町のほうへ向いてましたぜ」
「須田町の駕籠は?」
「まさしく湯島のほうへ向いてましたよ」
「湯島のやつは?」
「水戸さまのお屋敷のほうに向いてやしたよ」
「水戸家の前の駕籠は?」
「牛込ご門のほうです」
「そこにあったやつは?」
「四ツ谷のほうに向いてましたよ」
「四ツ谷の駕籠は?」
「土橋のほうへ向いてるんです」
「土橋のは?」
「そいつが気に入らねえんだ。ついでのことに日本橋のほうへ向いてりゃいいものを、ちくしょうめ、何を勘ちげえしたか、品川から富士山のほうへ向いていやがるんですよ」
「ウフフ、そうかい。そうするてえと――」
「そうするてえと、どうしたというんです
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