。やっぱり江戸っ子は何べんお正月を迎えても物見だけえんですよ。橋の上いっぱいに人だかりがして、わいわいやっているからね。なんだと思ってのぞいてみるてえと、駕籠《かご》があるんだ、からっ駕籠がね」
「つがもねえ。ご繁盛第一の日本橋なんだもの、から駕籠の一つや二つ忘れてあったって、べつに珍しくもおかしくもねえじゃねえかよ」
「ところが、そうでねえんだ。その置き方ってえものがただの置き方じゃねえんですよ。つじ駕籠はつじ駕籠なんだが、いま人が乗ったばかりと思うようなから駕籠がね、橋のまんなかにこうぬうと置いてあるんですよ。むろん、人足はいねえんだ。どこへうしゃがったか、ひとりも駕籠かきどもはいねえうえにね、わいわいいっているやじうまどもの話を聞いてみるてえと、どうやらただごとじゃねえらしいんですよ。同じような気味のわるいから駕籠が、須田町《すだちょう》のまんなかにもぽつんと置いてあるというんだ。それからまた湯島の下のがけっぱなにもね、その先の水戸《みと》さまのお屋敷めえにもぽつねんと置き忘れてあるというんでね。さてこそあなだ、こいつただごとじゃあるめえと、さっそく通し駕籠をきばってひと走りにい
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