る音がきこえたんですよ。だから、すぐに飛び出してみたんですが、声はあれども姿はなしというやつでね。もうそのときゃ、影も形もなかったんですよ」
「なんでえ、つがもねえ。それならそうと早くいやいいじゃねえかよ。女の声で呼んだことまでも知っているなら、どこのどやつかおおよそ見当がつくだろう。さっきはうまいことこちらのかわいいあにいに一杯食わせたようだが、今度の相手はちっと役者がお違いあそばすんだ。どこのだれが七つ橙を頼んだか、隠さずに名をいいな。親分殺しの下手人は、その頼み手にちげえねえんだ。早く白状すりゃ、それだけ早くかたきがとれるぜ」
「ところが、あいすみませぬ。あっしはもとより、子分の者はだれひとり肝心のその頼み手を知らねえんですよ。また、うちの親分という人は、日ごろがそういう偏屈屋なんです。何をするにしても、どこからけんかを頼み込まれても、自分ひとりだけが心得ておって、あっしら子分にはつめのあかほども物を明かさねえ人なんだからね、隠そうにも、打ち明けようにも、だいたい見当がつかねえんですよ。だからこそ、さっきもいっそ駕籠かきどもを締めあげたほうが早くわかるだろうと、そちらのだんなにも
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