、帰りつくや同時です。ずらずらと目の前に七つのその橙を押し並べながら、そろりそろりとあごをなでなで、じろりと鋭い一瞥《いちべつ》をくれたかと見えるや、果然、知恵の袋の口があいたとみえて、さえまさった声がたちまちずばりと放たれました。
「七つともに、この橙はみな落ち残りだな!」
「え! なんですかい。おっかねえくれえだな。ぴかりとひと光りひかったかと思うと、もうそれだからね。なんのことですかい」
「この七つの橙は、みんな落ち残りだといってるんだよ」
「はあてね。妙なことをおっしゃいましたが、その落ち残りとかいうのは、なんのことですかい」
「少なくとも四年か五年、どの橙も落ちずに木に残っていたひね橙ばかりだといってるんだ。この臍《ほぞ》をみろ。一年成りの若実だったら、すんなりとしてもっと青々としておるが、臍がこのとおりしなびて節くれだっているのは、まさしく落ち残りの証拠だよ。ことによると――」
「ことによると、なんでござんす!」
「昔から橙は縁起かつぎのお飾りに使われている品だ。そのなかでも三年五年の落ち残りとなりゃ、ざらにある品じゃねえ。朝の七ツ刻《どき》から七つの駕籠に移し替えて、人目
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