んだからね。いねえものを、――おやッ。ちくしょうッ。おかしいぞ!」
やかましく鳴りなり土橋ご門までついてきた伝六が、とつぜん、そのとき、目をぱちくりとさせながら、驚きの声を張りあげました。
「ふざけていやがらあ。なんて気味のわるい駕籠だろうね。さっき見に来たときゃ、たしかに人っ子ひとりいなかったのに、変な虫けらが降ってきやがったんですよ。ね! ほら! あの駕籠がそうなんですが、いつのまにかあのとおり、おかしな野郎が三人、天から降ってきやがったんですよ」
指さした町の向こうをみると、いかさま品川の方向をのぞんでかきすえてある駕籠のそばに、いとも不審な風体の男が三人たたずんでいるのです。一見するに、中のひとりは親分、あとのふたりはその子分と思われる町奴《まちやっこ》ふうの三人なのでした。しかも、その三人が、じつにぼうぜんとして、まことにいいようもなくぼんやりとしながら、だれかを待ちでもするかのように、つくねんと駕籠のわきに立ちすくんでいるのです。
「ほほう。なるほど、妙なやつががんくびを並べているね。そろそろと本筋になってきたかな。疑うようだが、たしかにさっき来たときにゃ、あの連中もだれも人影は見えなかったのかい」
「いねえんですよ! いなかったんですよ! だからこそ、化け駕籠だといってるんだ。きのこにしたっても、そうぞうさなくにょきにょきとはえるわけじゃねんだからね。野郎ども、くせえですぜ」
「ウフフ、さてのう。蛇《じゃ》が出るか、へびが出るか、ともかくも、お駕籠拝見と出かけるかな」
おちついたものでした。のっそりと近寄って、三人の者たちには目もくれず、ばらりと駕籠のたれをはねあげて、なにげなくのぞくや同時に、
「あッ!」
とばかり、伝六はいうまでもないこと、さすがの名人右門もしたたか意外にうたれながら、驚きの声をあげました。なんとも不審、いかにも奇怪、から駕籠と思いきや、中にはじつに不思議な乗り手が黙然として乗っていたからです。といったからとて人ではない! ほどよく色づいた橙《だいだい》がちょうど七個、――さながらに捨て駕籠の七丁となんらかぶきみななぞのつながりでもあるかのように、かっきり七個の橙が、それもうやうやしく三宝の上に飾られて、ぽつねんと置かれてあるのです。――当然のごとくに、名人右門の眼がぎろりと鋭い底光りを放つと、いまだにぼうぜんとたたずみながら、まるできつねにでもつままれたように、黙々と考え沈んでいる町奴《まちやっこ》たちのところへ、じつに伝法な、だが、むしろぶきみなくらいに物静かな尋問の矢が向けられました。
「うすみっともねえつらしているじゃねえかよ。まるで、伸びたうどんみてえじゃねえか。近ごろそんなつらは、あんまり江戸ではやらねえぜ。え! おい、大将、まさかに、おまえさん、おいらがだれだか知らねえわけじゃあるめえね」
「…………」
「何をきょとんとした顔しているんだ。おいらがだれだか知らねえわけじゃあるめえねといってきいてるんだよ。え! おい! 奴《やっこ》の大将。この巻き羽織を見ただけでも、おめえたちにはちっと苦手の八丁堀衆《はっちょうぼりしゅう》ってえことがわかるはずだ。黙っているのは知らねえのかい」
「フフン」
ところが、おこったようにふり向くと、親分らしいのがフフンとあざわらいながら、ふらちなことにもひどくけんまくが荒いのです。
「巻き羽織がどうしたとおっしゃるんです! いいや、やにわと権柄ずくに、おかしなことをおっしゃいますが、あんたの名まえとやらをあっしが知らねえといったらどうなさるんです」
「ほほう、陰にこもって、からまったことをいうね。知らねえというなら知らねえでもさしつかえねえが、おいら、むだ手間取ることがおきらいなたちなんだからね、そういうことなら、すっぱり名のろうじゃねえか。むっつり[#「むっつり」に傍点]の右門ってえいうな、おいらのことだよ」
「…………!」
ぎょッとなりながら声も出ないほどにおどろいて、いまさらのようにしげしげと見直したのを、すかさずにやんわりと浴びせかけました。
「ウフフ、むっつりの右門ときいて目をぱちくりやったところをみると、おいらのあだ名もいくらか効能があるとみえるね。ききめがあるならあるで、なおさいわいだ。お互いこういうことははええがいいんだからね。隠さずに、なにもかもすっぱりいいな。詮議《せんぎ》に来たんだ。どういう了見から七ところも捨て駕籠をやって、お正月そうそうお公方《くぼう》さまのお住まい近くを騒がせやがったか、その詮議に来たんだからね。この駕籠の中にある七つのおかしな橙もまた、なんのまねだか白状すりゃいいんだ。え! おい! 大将。江戸っ子らしく、あっさりとどろを吐きなよ」
「…………」
「じれってえね。また黙り込んだところをみると、せっ
前へ
次へ
全14ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング