かく名のったむっつり右門の名まえもききめがねえというのかい。七味とうがらしにしたっても、おいらの名まえのようなききのいい薬味はねえはずだ。きかなきゃきくように、ぴりっとしたところを混ぜてやるぜ」
「ところが、なんと啖呵《たんか》をきられてもしかたがねえんですよ。やった本人のあっしにせえも、何がなんだかさっぱりわからねえんだからね。白状しようにも、どろを吐くにも、吐くどろがねえんです」
「へへえ。こいつアまた妙なことをいうね。じゃ、なにかい、捨て駕籠をした本人は、たしかにおまえにまちがいねえというんだね」
「そうなんです。いかにもあっしが人騒がせをやった当人なんですが、当人でありながらさっぱり見当がつかねえんですよ」
「控えろッ。やった当人でありながら、なんのためか知らぬという法があるものかッ、大手責めの十八番、からめ手責めも十八番、知らぬ存ぜぬとしらをきるなら、責め手も合わせて三十六番、どろを吐かせる手品はいくつもあるぞッ」
「いいえ、なんとおしかりになっても、お答えのしようがねえんですよ。さるおかたから頼まれまして、この変な七つの飾り橙《だいだい》を、七日の朝の七ツ刻《どき》から始めて、七つの駕籠に乗せ、だれにもわからぬよう見とがめられぬように、お城のぐるりをこの土橋ご門まで運んでくれろとのことでごぜえましたゆえ、気味のわるいお頼みだなとは思いましたが、日ごろごひいきのお屋敷でごぜえますから、いわれるとおりにいたしましたところ、どう考えてもいっこうにがてんがいかねえんでごぜえます。こっそりと向こうの横町にかくれておって、このおかしな橙を受け取ってくださるとのお約束のその頼み手が、待てど暮らせどいまだに姿を見ませんので、じつは、ご覧のとおり、先ほどからぼんやりと思案していたんですよ」
「その頼み手は、どこのだれだッ」
「それは、その――」
「それはその、がどうしたんだよ! 頼み手があるというなら、それを聞きゃ用が足りるんだッ。日ごろごひいきのそのお屋敷とやらは、どこのどやつだッ」
「そいつばかりゃ、せっかくながら――」
「いえねえというのかッ」
「あっしも男達《おとこだて》とか町奴《まちやっこ》とか人にかれこれいわれる江戸っ子、いうな、いいませぬと男に誓って頼まれたからにゃ、鉛の熱湯をつぎ込まれましても名は明かされませぬッ」
「な、な、なんだと! やい! ひょうろく玉!」
聞いて横から飾り十手を斜《しゃ》に構えながら、ここぞとばかりしゃきり出たのは、だれならぬおしゃべり屋の伝あにいです。
「な、な、何をぬかしゃがるんだッ。ふやけたつらアしやがって、江戸っ子がきいてあきれらあ! 品が違うんだッ、品がな! 熱湯つぎこまれてもいいませぬ、白状しませぬというつらは、そんなつらじゃねえや! おいらのようなこういう生きのいいお面が、正真正銘江戸っ子のお面なんだッ。のぼせたことをいわずと白状しろい! 吐きゃいいんだ! すっぱりどろを吐きなよ!」
「いいえ、申しませぬ! お気にさわったつらをしているかもしれませんが、このつらで引き受けたんじゃねえ、男と見込まれて頼まれたんだッ、割らぬといったら命にかけても口を割りませぬッ」
「ぬかしたなッ。ぬかさなきゃぬかせる手があるんだッ。ぴしりとこいつが飛んでいくぞッ」
あまり飛ばしがいもなさそうな十手を打ちふり打ちふり威嚇したのを、
「ウフフ。よしな、よしな。伝あにい、手はあるよ。右門流には打ち出の小づちがいくつもあるんだ。ちょっと用があるから、こっちへ来なよ」
なにごとか早くも思いついたとみえて、さわやかに微笑しながら、不意に伝六を五、六間向こうへいざなっていくと、三人の町奴《まちやっこ》たちをあごでさし示しつつ、そっとささやきました。
「あいつを見ろよ。ね、ほら、変な物をいじくっている野郎がいるよ。あれをよく見ろな」
「なんです? どれです? あいつとはどれですかい」
「子分だよ。あの左に立っている子分の野郎が、目をつりあげやがって、出したり入れたり手のひらの上でさいころをいじくっているじゃねえかよ。上役人のおいらがお出ましになっているのもかまわねえで、はばかりもなくコロいじりをしているぐあいじゃ、よくよくあの三下奴め、あれが好物にちげえねえんだ。好きなものにゃ目がねえというからな、おめえ、うまいことあいつを誘い出して、じょうずに何かコロのにおいでもかがせてから、それとなくどろを吐かしてみなよ」
「なるほど、打ち出の小づちにちげえねえや。目もはええが、あとからあとからと知恵がふんだんにわき出すからかなわねえね。ようがす。カマをかけてどろを吐かせる段になると、これがまたおいらのおはこなんだからね。ちょっくら吐かしてめえりますから、どこかその辺の小陰にかくれて、あごでもなでていなせえよ」
得意顔
前へ
次へ
全14ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング