わるいものを祭ったんだ」
「…………」
「え?――隠さずにいってみな。手間をとりゃ、それだけかあやんを見つけ出すのが遅れるんだからな、早くいってみな。きっと、おまえのかあやんが祭ったものと思うが、違うか、どうだ」
「あい、あの……いったら、かあやんがこわいめに会うだろう思って隠しておりましたんですけれど、早く見つけてくださるというんなら申します。やっぱり、あの、かあやんが祭ったのでござります」
「ほほう、そうか。子ども心にも何かよくないことと思うて、今までかあやんのこともなにもいわずにいたんだな。悪いことを隠すのはよくないことだが、親のふためになることをいわずにいたなあ、なかなか賢いや。おそらく、出かけていくまえにこれを祭ったんだろうな」
「あい。あの、まえの晩おそくに、どこかからこれを持ってきて祭っておいてから、青い顔して出ていかんした。でも、あの……、でも……」
いいつつ、その目が名人に発見されるのを恐れでもするかのように、しきりと米びつの上にそそがれながら怪しく動いたので、なんじょうのがすべき! 不審に思って静かにふたをとってみると、ある! ある! 米びつの中には八分めほども、もっこりと実が詰まっているのでした。しかし、米ではない。ぬかなのです。米のぬかなのです。
「ほほう。これを焼いて、おまんま代わりに食べていたんだな」
「…………」
「え? ねえや! そうだろう。このぬかを、だんごに丸めて焼いて食べていたのだろうな」
「あい……なんにも食べるものがないので、あの……あの……」
「よいよい。泣くな、泣くな。泣かいでもいいよ。ぬかを食べるとは、かわいそうにな……」
言いながらよく見ると、そのぬかの上がきれいに平手でならしてあるのです。しかも、ならしたその平手の跡は、まさしく子どもの手形でした。むろん、これは不思議といわざるをえない。おそらく、三度三度つまみ出してだんごに焼いたにちがいないと思われるのに、そのつまみ出したあとのぬかが、行儀よく平らにならされているのは、何かその中に秘密のひそんでいることを物語っていたので、ずいと中へ手をさし込んでみると、果然、ぬかの底でばさりと手先に当たった品がありました。薄い小さな横とじの豆本なのです。取り出して、ぬかを払いながら表紙の文字を見ながめるや同時に、名人の目は烱々《けいけい》としてさえ渡りました。いかにも奇怪!
「いんちきばくち勝ち抜き秘法」
と、そういう文字が読まれたからです。いや、そればかりではない。ぺらぺらとまくった拍子に、そのいんちきばくち必勝秘伝書の中から、ひらひらと下に舞い落ちただれかの書面らしい紙片がありました。しかも、その紙片には、じつにいぶかしいことにも、あきらかな女文字で、次のごとき文言が書かれてあったのです。
「今宵《こよい》こそまこと上首尾に御座候《ござそうろう》。千葉のいなかよりたんまりとやまぶき色をご用意のおだんな衆が三人ほど参り候まま、万障お繰り合わせご入来《じゅらい》くだされたく、みなみな首長くしてお待ちいたしおり候。かしこ」
と書いて、そのあとがいかにも奇怪でした。差し出し人のところには変な符丁があるのです。本所と書いて、その下に人間の目を一つ書いて、さらにその下に丸々が三つ――、すなわち、三つの輪が書いてあるのです。
「はあてね。またなぞなぞの判字物が出りゃがった。なんてまあ、きょうはおればっかりにいやがらせをしやがるんでしょうね。え? ちょいと!」
「…………」
「ね! だんな! かなわねえな。三世をかけた主従なんだ。だんなの苦労はおらの苦労、おらの災難はだんなの災難なんだから、仲よくいっしょになって心配しておくんなせえよ。え? ちょいと! ちゃんとした名まえがあるのに、わざとこんな人泣かせをしなくたってもいいじゃござんせんか。この目はなんですかよ。三つの輪丸は、なんのまじねえですかよ」
たちまち横からうるさく鳴りだしたのを、名人は黙々としてあごをなでなでじいっと、ややしばしうち考えていましたが、やがて、あのさわやかな微笑がふたたび浮かんだかと思われるやせつな!
「ウフフフ。なんでえ、なんでえ。来てみればさほどでもなし富士の山っていうやつさ。とんだ板橋のご親類だよ。――のう、ねえや!」
しゅッしゅッと一本|独鈷《どっこ》をしごき直して、ずっしりと蝋色鞘《ろいろざや》を握りしめると、静かに問いなじりました。
「正直にいわなくちゃいけねえぜ。この豆本も、おっかあがここへ隠したんだろうな」
「…………」
「え? だいじない。だいじない。しかりゃしねえから、隠さずにいわなくちゃいけないよ。のう! そうだろう。おっかあがしまっておいて行ったんだろうな」
「あい、あの、そうでござります、そうでござります。出かけるまえにいっしょうけんめいこのご本を習っておいて、だれにもいうなといっておいてから出かけましてござります」
「そんなことだろう。見りゃ押し入れに夜着もふとんもねえようだが、出かけるまえにそれを売っ払ってお金をこしらえてから行ったんじゃねえのかい」
「あい、そのとおりでござります。お宝ができたら、それでお米を買ってくださればいいと思いましたのに、しっかり帯の中にはさんで出ていかんした。それゆえ……それゆえ……」
「泣かいでもいい! 泣かいでもいい! もうおっかあの行く先ゃわかったから、心配せんでもいいよ。――さ! あにい! 何をまごまごしているんだ。駕籠《かご》先ゃ本所の一つ目だよ」
「フェ……?」
「なにをぱちくりやってるんだよ。こんなたわいもねえなぞなぞがわからなくてどうするんだ。本所の下に目が一つありゃ、本所一つ目じゃねえか。その下に輪が三つありゃ三つ輪だよ。本所一つ目に三つ輪のお絹ってえいう女ばくちのいんちき師があるのは、おめえだっても知っているはずじゃねえか。ふとんを売っ払って金をつくって、このいんちきばくちの勝ち抜き秘伝書をとっくり覚え込んでから、千葉のおしろうとだんなをむくどりにしようと出かけていったにちげえねえんだ。はええところ二丁用意しな!」
「ちくしょうッ。なんでえ、なんでえ。そんならそうと、ひと筆けえておきゃいいじゃねえですか。首をひねらせるにもほどがあらあ。べらぼうめ、女だてらにばくちをうつとは、何がなんでえ。べっぴんだったら大目に見てもやるが、おかめづらしていたら承知しねえぞ」
連れてきた駕籠を、名人が一丁、あとからつづいて伝あにいが、あたりまえのように斜に構えながら乗ろうとしたのを、
「食い物のいい大男が、何を足おしみするんだ。子どもを三人乗せるんだよ。おまえなんぞ小さくなってついてきな」
しかって三人の子どもたちを乗せながら、えいほうと飛ばしていったのは本所のその一つ目小路です。――中天高く秋日がさえて、ちょうど昼下がり。
「さ! うちを捜すなおめえの役だ。はええところ三つ輪のお絹がとぐろ巻いている穴を捜し出しな」
「ここだ、ここだ。駕籠を止めたこの家ですよ。家捜し穴捜しとなりゃ、伝六様も日本一なんだからね。おおかたここらあたりだろうと、鼻でかいでやって来たんだ。さ! 乗り込みなせえよ」
しかし、名人はなに思ったか、表からははいらずに、ずかずかとそこのめくら路地をぬけながら、裏口へ回っていくと、しきりに家の棟《むね》の様子を探っていましたが、ふと目についたのは庭奥の物置き小屋らしい一棟でした。
「ほほう、あれだな」
「え? あの物置き小屋がどうしたんですかい」
「いくらばくちはお上がお目こぼしのいたずらだっても、うちの表べやでやっちゃいねえんだ。あの物置き小屋がいんちきばくちの開帳場にちげえねえから、しりごみしていずと乗り込みな」
押し入ろうとしたせつな!――はしなくも聞こえたのは、ガラガラポーンという伏せつぼの音ならで、悲鳴に近い女の叫びです。
「いやでござんす! そんなこと、そんないやらしいこと、何度いわれてもいやでござんす!」
しかも、ドタンバタンと必死に抵抗でもしているらしいけはいがあったので、一躍、ガラリ――、さっそうとしておどり入ると、高窓一つしかない暗いへやの中を鋭くぎろりと見まわしました。同時に目を射たのは、怪しげな三人の姿です。ひとりはいぎたなく立てひざをした四十がらみの大年増《おおどしま》。むろんそれが女ばくちのしれ者と名の高い三つ輪のお絹に相違なく、その隣にてらてらと油光りのする卑しい顔に、みだらな笑いを浮かべて、つくねいものごとくすわっていたのは、ひと目にいなかの物持ちだんなとわかる好色そうな五十おやじでした。そのおやじの淫情《いんじょう》に燃え走る油目に見すくめられながら、へやの片すみに、三十そこそこの、ひとふぜいもふたふぜいもある、美人ぶりなかなかによろしい中年増がふるえおののいていたのを見つけると、我を忘れて、きょうだいが武者ぶりつきながら、おろおろと叫びました。
「かあだ! おっかあだ! 悲しかったよ。おらは、おらは、悲しかったよ。もういやだ。もうどっかへ行っちゃいやだよ。な! かあや! いやだよ! いやだよ!」
左右から顔をすりよせて泣き入りました。――とたん! それと様子を察したとみえて、あたふたと五十おやじが逃げ走りだそうとしたのを、
「なんでえ、なんでえ。何をしゃらくせえまねしやがるんだ。おれの十手だって、ものをいうときがあらあ。じたばたすると、いてえめに会うぞ」
押えとったは伝六。こういうふうな性の知れたお上りさんのおやじが相手となると、伝六も強くなるからかなわない。しかし、三つ輪のお絹はさすがにふてぶてしく横っすわりにすわったままで、にったりしながら名人に食ってかかったものです。
「騒々しいね。せっかく楽しみのところへ、どなたに断わってはいりましたえ。少しばかり男ぶりがいいったって、目のくらむあっしじゃござんせんよ」
「ウフフフフ。やすでの啖呵《たんか》をおきりだな」
静かにいって微笑しながらずいとはいると、ずばり、あの生きのいい名人の名啖呵が見舞いました。
「おたげえ色恋がしたくて、こんなところをまごまごしているんじゃねえんだ。見そこなっちゃいけねえぜ。本所の一つ目にゃ目が一つしかねえかもしれねえが、むっつりの右門にゃできのいいやつが二つそろってるんだ。油っけのぬけたやつが、女衒《ぜげん》みてえなまねしやがって、何するんでえ。来年あたりゃ西国順礼にでも出たくなる年ごろじゃねえかよ。はええところ恐れ入りな」
「おいいですね。油けがぬけていようといなかろうと、大きなお世話ですよ。恐れ入ろとはなんでござんす。何を恐れ入るんでござんすかえ」
「へへえ。まだしらをきるな。むっつり右門の責め手も風しだいだ。凪《なぎ》とくりゃ凪のように、荒れもようとくりゃ荒れもようのように、三十六反ひと帆に張れる知恵船があるんだ。四の五のいや草香流も飛んでいくぜ」
「いえ、わたしが……わたしが何もかも代わって申します」
ことばを奪って横合いからにじり出たのは、きょうだいたちを置きざりにして、悲しいうきめを見させたあの中年増です。
「何から申してよいやら、まことに面目しだいもござりませぬ。ここまでお越しなさりましたからには、おおかたもう何もかもお察しでござりましょうが、女だてらにだいそれたさいころいじりをやって、お米の代なりとかせがせていただこうとしたのがまちがいのもとでござりました。それもなんと申してよいやら、人取りの蛇人《へびひと》に取られたとでも申しますのか、こちらのお絹さまは少しも知らないおかたでござんしたなれど、貧には代えられませぬゆえ、せっぱつまって人のうわさをたよりにご相談に上がりましたら、近いうちに千葉のほうからお金持ちのおだんなさまが参るはずゆえ、そのおりいかさまころでも使ってもうけたらよいと、たいへんご親切そうにおっしゃってくださったのでござります。それゆえ、わるいこととは知りながら、秘伝書をたよりに夜の目も眠らず、つぼいじりを覚えこみ、これならと思って夜具ふとんまでも売ってこしらえたお鳥目を元手にやって参りましたところ、もともとがしろう
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