すったんじゃないのでござりまするか」
「いかほどきいても口をあけずに、知りたくばこちらへ来いといわぬばかりでどんどん連れてきたから、何かいわくがあるだろうと乗り込んだまでなんだ。どんな入れ知恵つけたかしらねえが、人より少しよけい慈悲も情けも持ち合わせているおれのつもりだ。隠さずにいってみな」
「いや、そういうことなら、むだな隠しだていたしましても、三文の得になることではござりませぬゆえ、申す段ではござりませぬ。まことに面目《めんぼく》のないしだいでござりまするが、この子たちの嘆きをまのあたり見聞きいたしまして、いかにもふびんでなりませなんだゆえ、老いぼれの身にくふうもつかず、子を捨てろと教えたのでござります。と申しただけではおわかりでござりますまいが、まことにこの子たちほどかわいそうな者はござりませぬ。住まいはつい向こう横町の裏店《うらだな》でござりまするが、働き盛りの父御《ててご》がこの春ぽっくりと他界いたしましてからというもの、見る目もきのどくなほどのご逼塞《ひっそく》でござりましてな、器量よしのまだ若い母御が残ってはおりますというものの、女手ひとりではどんなに器量ばかりよろしゅうござりましたとて、天からお米のなる木が降ってくるはずもなし、二つになったばかりのその子のような赤子があるうえに、としはもいかぬこんなきょうだいふたりまでもかかえて、なに一つ身に商売のない女ふぜいが、その日その日を楽々と送っていかれるわけのものではござりませぬ。それゆえ、とうとうせっぱつまってのことでござりましょう。日ごろはただの一度行き来したことのない親類じゃが、なんでも板橋の宿の先とやらに遠い身寄りの者がひとりあるから、そこへ金策にいってくるとか申しましてな、赤子をその姉娘にあずけ、子どもたちばかり三人を残しておいて、十日ほどまえのかれこれもう四ツ近い夜ふけに、母親がたったひとりで、ふらふらと出かけていったのでござりますよ。ところが――」
「待てッ、待てッ、ちょっと待てッ」
「は……?」
「ちとおかしいな」
「何がおかしいのでござります」
「ここから板橋の先までといえば、一里や二里ではきかぬ道のりじゃ。にもかかわらず、女ひとりが四ツ近いというようなそんな夜ふけの刻限に、それもがんぜない子どもばかりを残してふらふらと出かけたというは、ちと不審じゃな」
「そうでござります、そうでござります。じつは、てまえどももそれを不思議に思っておりましたところ、どうもあとの様子がいかにもふにおちないのでござりまするよ。その晩出ていったきり、たよりはおろか、もうきょうで十日にもなるのに、なんの音さたもござりませんのでな、町内の者もいろいろと心配いたしまして、子どもに板橋とやらの親類先をきいたところ、そんなところはいっこうに聞いたことも、聞かされたこともないというてらちは明かぬし、二日三日のおまんまを恵む者はあっても、七日十日とそうそう長い間あかの他人のめんどうをみる者はござりませぬ。それゆえ、とうとう子ども心に思い余ったのでござりましょう。その子がきのうの朝とつぜんてまえをたずねてきたのでござります。それもただ来たのではござりませぬ。おじいさんは神さまに仕える行者ゆえ、人の目に見えぬことでも見通しがつくはずじゃ。母はどこにいるか、どうしたら帰ってくるか、神さまとご相談して早く呼びよせてくれと、こんなに申しながら、泣きなき訴えたのでござります。なれども、お恥ずかしいことながら、てまえとてただの人間、千里万里先のことまでもわかるはずはござりませぬゆえ、ふびんと思いながらも、てだてに困りまして、いろいろと考えましたところ、もしやと思いついたのでござります。かわいい子どもをのこして自分だけ身をかくすなんてことはめったにある道理はござりませぬが、広い世間には鬼親もないわけではござりませぬ。ひょっとしたら、あの器量よしの若後家も、おまんまいただけぬつらさから、ついふらふらと心に魔がさし、子どもたちを置き去りにして、自分だけどこかへ姿を隠したのではなかろうかと存じましたのでな。いっそ思いきって、日本橋か浅草か、人通りのしげい町中へ子を捨ててみろと、入れ知恵したのでござります」
「異なことを申すな。人通りのはげしい町中へ捨て子をしたら、なんのまじないになるのじゃ」
「べつになんのまじないになるのでもござりませぬが、人出のしげいところへ捨て子をしておけば、それだけよけいひと目にかかり、それだけよけい評判も高まる道理。伝わり伝わって、捨て子のうわさが江戸のどこかに隠れている母親の耳にはいりましたら、よし一度は思いあまって邪慳《じゃけん》な心となった鬼親でござりましょうとも、やはり真底は子どもがかわいいに相違ござりませぬゆえ、もしや置き去りにしたわが子が捨てられたのではなかろうかと、うしろ髪引かれて姿を見せぬものでもあるまいと思うたからでござります。何をいうにも行き先はわからず、居どころ隠れどころもわからぬ人を呼び返そうというのでござりますゆえ、そんなことでもするよりほかに、この老いぼれにはよいくふうがつきませなんだのでござります」
「いかさまな。見かけによらず、なかなかの軍師じゃ。しかし、それにしても、よそさまの子どもまで盗み出して捨てさせるとはどうしたわけじゃ」
「ごもっともでござります。そのおしかりはまことにごもっともでござりまするが、ひとりよりはふたり、ふたりよりは三人と、数多く捨て子をさせましたならば、それだけうわさも高まりましょうし、高まればしたがって母ごの耳にも早く伝わるじゃろうと存じましたゆえ、悪いこととは知りながら、その姉娘に入れ知恵つけて、似通うた年ごろの子を見つけさせ、こっそり盗み出させたのでござります。それもこれも、みなこの娘たちがふびんと思えばこそのこと、お目こぼし願えますればしあわせにござります」
「なるほどな。ひとのだいじな宝を盗ませて世間を騒がした罪は憎むべきじゃが、かわいそうなこのきょうだいの嘆きを救おうためのこととあらば深くはとがめまい。しかし――」
「なんでござります」
「これはなんじゃ。この畳《たとう》紙をぞうりの中にはさんでおいたは、なんのいたずらじゃ」
「それはその――」
「それはその、どうしたというのじゃ」
「なんともはや面目ござりませぬ。かようなことを申しましたら、さぞかしお笑いでござりましょうが、相手は子どものことゆえ、なんぞもったいつけねば納得いくまいと存じまして、ぞうりは足にはくものであることから思いつき、母ごの行くえにも早く足がついて居どころがわかりますようにと、しかつめらしく畳御幣をはさんで、まくらにさせるよういいつけたのでござります」
「ちぇッ、なんでえ、なんでえ! 子どもだましにもほどがあらあ。おいら、なんのまじないだろうと、どのくれえ首をひねったかわからねえじゃねえか。みろ。おかげでこんなに肩が凝りやがった。これからもあるこったから気をつけな」
 聞いて、なにごとによらずおにぎやかしい伝あにいはたいそうもなくふきげんのご様子でしたが、名人はさわやかに微笑を浮かべたままでした。ぞうりは足にはくものゆえ、母よ早く帰れと書いた畳御幣をその間にはさんでおいたら、たずねる人に早く足がつくだろうとは、行者のおやじなかなかにしゃれ者だったからです。
「じゃ、もう聞くことはあるまい。そろそろあごをなでなくちゃならなくなったようだ。あにい、代わってその赤子を抱いてやんな」
「え……?」
「器量よしの若い後家さんが、夜ふけにひとりでどこの板橋へ金策にいったか、その眼《がん》をつけに行くんだから、赤子を代わって抱いて、おとなしくついてこいといってるんだよ。――ねえや、このおじさんは行者じゃねえが、千里も万里も先が見える目玉が二つあるからな。きっと母《かあ》の居どころを見つけてやるぞ。泣かいでもいい、泣かいでもいい。もう泣かいでもいいから、おまえのうちへ連れていきな」
 うれし泣きに泣きつづけながら、急に元気づいて、ころころところがるように駆けだしていった小娘を道案内に立たせながら、いかなる秘密もあばかねばおかじといわぬばかりの面持ちで、名人は自信ありげにそのあとを追いました。

     5

 行くこと四町ばかり。
 案内していった向こう横町のその住まいへはいってみると、なるほど家の中は荒廃をきわめて、いかにこれまで小娘一家が貧に苦しんでいたか、目をおおいたいくらいでした。売り食いに売り払って、その日の糧《かて》を求めてでもいたものか、家具と名のつくほどの品はなに一つなく、まにあわせのお勝手道具が少々と、売るに売れぬぼろでもはいっているらしい破れつづらがたった一つ、へやのすみにころがっているばかりです。
「おどろいたね。いくら貧乏しても、こんなあばら屋ってえものはねえですよ。もののたとえにも、日本橋といや土一升金一升というくれえのもんだが、目と鼻のその日本橋近くにこのあばら屋は、なんですかよ。おら、承知ができねえんだ。え? ちょいと、だんな! だれがいってえこんなに貧乏にしやがったんですかい。ね、ちょいと! え? だんな?」
「…………」
「へへえね。こいつあおどろいた。生意気に押し入れがついておると思ったら、何もねえんですよ。ふとん一枚ねえんですよ。もう十日もたちゃ霜が降りようってえいうこの薄寒い秋口に、毎晩毎晩何を着て寝ていたんでしょうね。え? ちょいと。ね、だんな!」
 そろそろともううるさく始めかけたのを、相手にもせずに名人は聞き流しながら、しきりとへやのうちをあちらこちらと見捜しました。
 しかし、何もない。まったく何もこれと思われる品は見当たらないのです。もしや何かと思って、丹念に破れつづらの中をも調べてみたが、出てきたものはまったく着るにたえないほどもぼろぼろになった子どもたちの衣類が三、四枚と、これも物の用をなさない母親の破れ着物が一、二枚、はかなげな残骸《ざんがい》を目の前にさらしたきりでした。
「ちとこれは手間がかかりそうかな」
 いいながらお勝手をひょいと見ると、そこの米びつの上に奇怪なものが祭ってあるのです。たしかに、それは祭ってあるのです。きらり目を光らして近づいたかと思われるや、――せつな!
「よッ」
 名人の声がはぜ返りました。なんともぶきみ! じつに奇怪! 無言のなぞを秘めながら米びつの上に祭られてあったものは、墓場の土まんじゅうにさしてあるあの卒塔婆《そとば》の頭なのです。それも新墓《にいばか》のものと思われる卒塔婆をぽきり折り取ってきて祭ったらしく、四、五粒ほどのお撰米《せんまい》に水までもちゃんと供えてあるのです。――じろりじろりとそれを見ながめながら、なでてはさすり、さすってはなでなで、しきりとあごをまさぐっていましたが、やがてあの秀麗な面に、とてもたまらなくみごとな微笑がにんめりとほころびました。
「ウフフフ。とんだ福の神だ。ちっと手間がかかりそうだと思ったが、このあんばいじゃぞうさなくかたがつきそうだよ」
「ありがてえ。どこです! どこです! え? ちょいと。どこに眼のネタがあるんですかい」
「この米びつの上に祭ってあるご神体をよくみろよ」
「ふえッ、気味のわるい! こ、こりゃ亡者《もうじゃ》の七つ道具じゃねえですかよ。こんな卒塔婆がどうしたというんです。こんなものを祭っておきゃ、なにがどうしたというんですかよ」
「しようのねえやつだな。ご番所勤めをする者が、このくれえなことを知らねえでどうするんだ。真夜中にこいつを新墓から折り取ってきて祭っておきゃ、さいころの目が思うとおりに出るとかいうんで、昔からばくちうちがよくやる縁起物だよ。どうかひとあたり当たって、この米びつにざくざくお米がたまるようにと、こんなところに祭っておいたにちげえねえんだ。――ねえや! のう、ねえや?」
 あごをなでなでぎろりと小娘のほうをふりかえると、名人のさえまさった声が飛んでいきました。
「もう何も隠しちゃいけねえぞ。こりゃだれが祭ったんだ。まさかに、おまえのいたずらじゃあるめえと思うが、だれがこんな気味の
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