との悲しさ、かえってお絹さんたちのいんちきにかかりまして、だんだんと借金がかさむうちに――」
「お黙り! お黙り! めったなことをおいいでないよ! かえってお絹さんたちのいんちきにかかったとは、どこを押すとそんな音がお出だね。ありもしないことを泣き訴訟すると承知しないよ」
きんきんとかん高にがなりながら、三つ輪のお絹が横からのさばり出て折檻《せっかん》しようとしたのを、
「うるせえや。舌抜いて、田楽《でんがく》にでもしておきな」
きゅッと名人が軽く草香流でその手をねじあげておくと、さわやかにいいました。
「よし、もうあとはわかった。かえってお絹たちのいんちきにかかり、だんだん借金がかさむうちに、金で払うことができねばからだで払えとでもいって、このろくでもねえいなかひひおやじと、そっちの四十ばばあの女衒《ぜげん》とふたりが、きょうまでおめえさんをここへ閉じこめて、毎日毎日責め折檻していたんだろう。どうだ。ずぼしは当たったはずだが、違うか、どうだ」
「あい、お恥ずかしいことながら、そのとおりでござります。心の迷いで、ついふらふらとばくちなぞに手は染めましたなれど、まだわたしは女の操までも人に売るはした女《め》ではござりませぬ。それゆえ、逃げよう逃げようと存じましてずいぶんと争いましたなれど、借金のあるうちはこっちのからだだとおふたりさまが申しまして、いっかな帰しませぬゆえ、子どもたちのことを案じながらも、つい今までどうすることもできずにいたのでござります」
「バカ野郎ッ。やい、いなかのひひじじいのバカ野郎ッ」
聞いてことごとく江戸まえの憤りを発したのは伝六でした。
「腹がたつじゃねえか。話を聞いただけでもむかっ腹がたたあ。つら見せろ。やい! バカ野郎ッ、つらを見せろ!――ちぇッ、なんてうすみっともねえつらしているんだ。そんな肥くせえつらで、江戸の女のそれもこんなべっぴんをものにしようったって、お門が違うぜ。ほんとにくやしくなるじゃねえか。おひざもとっ子のみんなになり代わって、おれが窮面してやらあ。ざまあみろ。もっとおとなしくしていろ。じたばたすりゃ、もっといてえめに会わしてやるぞ」
きゅうきゅうしめあげておくと、伝六のきょうの働きというものはおどろくくらいです。
「そっちのお絹のあまも同罪だ。きっとこりゃひひじじいと相談して、まんまとここへおびきよせてから、いんちきばくちのわなにしかけ、若後家のおかみさんをものにしようとしたにちげえねえからね[#「ちげえねえからね」は底本では「ちげねえからね」]。はめ込み女衒《ぜげん》のだまし罪ゃ入牢《じゅろう》と決まってるんだ。ついでにふたり、伝馬町へ涼ましに送りますぜ」
「よろしい。手配しろ」
早いこと、早いこと、名人の命令一下とともに、たちまちもよりの自身番から小者を連れてきて、いなかだんなと三つ輪のお絹のなわじりを渡しておくと、伝あにいがまたなんともかともいいようなく、おつに気どりながら、すそなぞのほこりをパンパンとはたいていったものでした。
「えへへへ。やけに胸がすっとしやがったな。だから、お番所勤めはやめられねえんだ。いえ、なにね、このくれえの芸当なら、あっしだってもときどきぞうさなくかたづけるんですよ。ときに、いっぺえやりますかね」
ひとりで心得ながら出ようとしたのを、
「まて、まて。まだ用があるんだよ」
静かに名人が呼びとめると、不意にいいました。
「おまえ、へそくりを三両持っていたね」
「へえ……?」
「とぼけるな。ゆうべおまんまごしらえをしながら、ひとりごとをいってたじゃねえかよ。へそくりが三両たまったんだが、どうすべえかな。くれてやる女の子はなし、善光寺参りに行くにゃまだちっと年がわけえし、何に使ったものかなと、しきりに気をやんでいたが、今も持っているだろうな」
「ちぇッ。なんてまあ、だんなの耳ゃ妙ちくりんな耳でしょうね。聞いてもらいてえことはちっとも聞こえねえで、聞かなくともいいことはやけに耳ざとく聞こえるんだからね。三両へそくりがあったら、どうしたというんですかい」
「ここへみんな出しな」
「へえ……?」
「出しゃいいんだ。そんなに心配するほど使いみちがなけりゃ、おいらが始末してやるよ」
ちゃりちゃりきんちゃくをはたかして三両の小判を手にすると、それに名人みずから十枚のやまぶき色を添えながら、そこに泣きぬれている若後家にざくりと手渡していいました。
「子どもがかわいそうだから、ふたりの志だ。どんなに貧乏しようとも、まっとうな世渡りするほどりっぱなことはねえ。これからけっしてさいころいじりなんぞに手出ししちゃいけませんぜ。十三両ありゃ、一年や二年寝ていても暮らせるが、働くこうべに神宿るだ。これを元手に、何か小商いでもやって、子どもたちにうまいおまんまを腹いっぺえたべさせておやりなせえよ」
「えれえ。ちくしょう。どう考えても、だんなはおらよりちっとえれえね。三両のへそくりをここへ使うたあ気に入った。めんどうくせえから、みんなはたいてやらあ。ね、ほら、まだ小粒銀が六つ七つと、穴あき銭が二、三枚ありますよ。けえりにあんころもちでも大福もちでもたんと買ってね、子どもたちのその落ちくぼんだ目玉をもとどおりに直させておやんなせえましな。へえ、さようなら――」
伝六またなかなかにうれしい男です。――すいすいと秋風が吹き渡って、大江戸の町なかもしみじみとした秋でした。
底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年5月23日公開
2005年9月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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