くも残っていたじゃござんせんかい。まさしく、この野郎は、きのうきょうの騒動につけ込んだただの切り取り強盗ですよ。下手人のあがり方がちっと手間がとれているんで、そこにつけ込み同じ手口のように見せかけて、てめえらの荒仕事もその罪跡を塗りつけようとたくらんでからの切り取り強盗にちげえねえんだ。あげてきたのは、おてがらもおてがらもりっぱな大てがらだが、少うしホシ違いでござんしたね」
いっているとき、ばたばたと駆けつけてきたのは、同じ敬四郎の命をうけて、どこかのお堂にでも張り込んでいたらしいふたりの小者です。しかも駆けつけてくると、けたたましく訴えました。
「出た出た。敬だんな! また出たんですよ。四ツ谷の通りでふたりもね、お侍姿の者がのど首をやられて、おまけに懐中物をみんなさらわれているんですよ」
その報告をきくや同時に、敬四郎ならで名人の目がきらりさえ渡るとともに、断ずるごとく自信に満ちたことばが放たれました。
「それもこの騒動につけ込んだ同じにせ者だ。浪人! つらをあげろッ」
近寄りざまに、じっとそのふてぶてしい姿を見ながめ見しらべていましたが、ちらり、目を射たものは左手首の内側にはっきり見える「八丈島」という三字のいれずみ文字です、――せつな! すばらしい右門流の慧眼《けいがん》が、伝法な口調とともに飛んでいきました。
「人を食ったまねしやがったな。きさま、八丈島の島破りだろう。――なんでえ! なんでえ! いまさらぎょッとしたとて、ちっとおそいよ。八丁堀にゃ、むっつりの右門といわれるおれがいるんだ。なめたまねしやがると首が飛ぶぞ。おそらく、きのうきょうののど笛騒動が長引いているんで、それにつけ込んでの荒仕事やったんだろう。おれの眼はただの一度狂ったことがねえんだ。四ツ谷で今またふたりも似通った手口の死骸が見つかったというからにゃ、おそらく四、五人の仲間があってひとかせぎしてやろうと、おたげえ手をつなぎながら荒仕事やっているにちげえあるめえ。――敬だんな」
ずばりとホシをさしておいて、穏やかに敬四郎を顧みると、ここらがいよいようれしくなる右門流でした。
「すっぽり腹を割ったところを申しましょうよ。あんたのあげたホシにけちをつけるわけじゃねえが、おきのどくながらこの野郎はネタ違いだ。といったらお気持ちがよろしくござんすまいが、ネタ違いであっても、こいつあ存外と大捕物ですよ。例の一件のほうは、いましがた犬のしわざとようやく眼がつくにはついたが、どうやらこの先ひと知恵絞らなきゃならねえようだからね、あっしゃ正直に申します。おたげえてがらを争ってまごまごしていたら、ご覧のとおり、こういうにせ手口のあいきょう者が飛び出して、ますます騒ぎを大きくするばかりなんだ。しかも、聞きゃ四ツ谷でもふたりやられているというんだからね。このいれずみでもわかるとおり、八丈島流しの凶状持ちが互いにしめし合わせて、騒動につけ込みながら荒かせぎしているにちげえねんだ。だからね、こっちも手分けして詮議《せんぎ》に当たろうじゃござんせんか。この野郎を締めあげてみたら、いま四ツ谷のほうでかせいだ仲間のやつらの居どころもわかることでしょうから、あんたはあんたでひとてがらたてておくんなせえまし。ようござんすかい、くれぐれもいっておきますが、二兎《にと》を追う者は一兎を得ずだ。両方のあなを手がけて、両方のホシを取り逃がしたら、お上の名にもかかわるんだからね。あんたもすっぱりとお気持ちよく手を引いて、この野郎と一味徒党の巻き狩りをやっておくんなせえまし。しかし、お気をつけなせえましよ。こやつのつらだましいは尋常じゃねえからね。おそらく、切り取り強盗のこやつと一味のやつらもそれ相当手ごわい連中ばかりでしょうから、そこのところを抜かりなくじょうずにひと知恵絞ってね、ひと網にお捕《と》りのときもずんと腹をすえておかかりなせえましよ。お使いをくださりゃ、からだに暇のあるかぎり、必ずともにおてつだいもいたしましょうからね。じゃ、急ぎますから失礼いたしますよ」
条理の前には屈するのほかはない。われらが名人の腹を割り、事を分けての忠言に、いかなあばたの敬四郎もこのうえ横車は押せないとみえて、ようしとばかり心よく手を引きながら、にせ手口荒かせぎの浪人者を締めあげにかかったので、名人もまたあとになんの懸念も残さずさっさとお組屋敷へ帰ると、目をぱちくりさせている伝六へ、ずばりと一本まず見舞いました。
「いいか。これからがおいらのあごにものをいわせなくちゃならねえだいじなときなんだ。そばで破れ太鼓を鳴らしたら、主従の縁を切るぞ」
はあてね、というように小さくなりながら、へやのすみへ神妙に引きさがったのを振り向きもせず、名人はひざの前へあのぶきみなわら人形をずらずらと裏返しに並べておくと、いずれの人形のうしろ背にも同じようにしるされてある巳年《みどし》の男、二十一歳というあのなぞの文字をじっとにらめながら、霊験あらたかな名物あごを、思い出したようになでてはさすり、さすってはなでつつ一心不乱に考えだしました。
しかも、それが一刻《ひととき》や二刻ではないのです。寝もやらず、食事もとらず、新しい朝がやって来ても秋日の晴れた昼がやって来ても、そうしてやがてまた日が落ちかかっても、ひとつところにじっと端座したまま、身じろぎもせずにしんしん黙々と考えつづけたままでした。伝六またしかり。しゃべりたくて、鳴りたくて、たたきたくてたまらないのを必死にこらえながら、ちょこなんとへやのすみにちぢまって、小さく置き物のようにすわったままでした。――だが、とっぷり暮れて、宵五ツの鐘が遠くに消えていったせつな!
「いったッ。いったッ。伝公ッ、とうとうあごがものをいったぜ」
「てッ。ありがてえ! ありがてえ! ち、ちくしょうめッ――。は、腹が急にどさりと減りやがった。も、ものもろくにいえねえんです。なんていいましたえ。あごはなんていいましたえ」
「武鑑をしらべろといったよ」
「え……?」
「武鑑をおしらべあそばせと、やさしくいったのよ。わからねえのかい」
「はあてね。いちんち一晩寝もせず考えたにしちゃ、ちっと調べ物がおかしな品だが、いったいなんのことですかい」
「しようがねえな。このわら人形の裏の文字をよくみろよ。巳年の男、二十一歳とどれにも書いてあるんだ。書いてあるからには、この二十一歳の巳年の男が、のろい祈りの相手だよ。ところがだ、人を替え、日を替えてのろい参りに行った連中は、みんなそろってお国侍ふうの藩士ばかりじゃねえかよ。なぞを解くかぎはそこのところだよ。藩士といや、ご主君仕えの侍だ。その侍がああ何人もあやめられているのに、一度たりとも死骸を引き取りに来ねえのがおかしいとにらんで、ちょっくらあごをなでたのよ。そこでだね、いいかい、およそのろい祈りなんてえまねは、昔から尋常な場合にするもんじゃねえんだ。しかるにもかかわらず、お国侍の藩士がああもつながって毎晩毎晩出かけたところが不思議じゃねえかよ。ともかくも、ご本人たちはれっきとした二本差しなんだ。腕に覚えのある侍なんだからな、そのお武家が、人に恨みがあったり、人が憎かったり、ないしはまた殺したかったら、なにもあんなめめしいのろい参りをしなくたっていいじゃねえかよ。すぱりと切りゃいいんだ。生かしておくのがじゃまになったら、わら人形なぞを仕立てるまでのことはねえ、一刀両断に相手を切りゃいいんだよ。だのに、わざわざあんなまわりくどい丑の時参りなんかするのは、その相手が切れねえからのことにちげえねえんだ。切れねえ相手とは――、いいかい。のろい参りしたのは禄持ち藩士だよ、その禄持ちの藩士が切りたくても切れねえ相手とは、――おめえにゃ眼《がん》がつかねえかい」
「大つきだ、やつらがおまんまをいただいているお殿さまじゃねえんですかい」
「そうよ。眼の字だ。相手が身分のたけえ、手も出すことのできねえお殿さまだからこそ、陰から祈り殺すよりほかにはなき者にする手段はあるめえとひと幕書いた狂言よ。すなわち、その祈られているおかたが当年二十一歳、巳年の男というわけなんだ。としたら、武鑑を繰って二十一歳のお殿さまを見つけ出せば、どこの藩のなんというおかただか、ネタ割れすると思うがどうだね。いいや、そればかりじゃねえ、藩の名まえがわかりゃ、どうしてまたなんのために犬めがのろい参りの一党を毎晩毎晩食い殺してまわっているか、そのなぞも秘密もわかるはずだよ。いいや、そればかりでもねえ。まさしく、その犬はこの世にも珍しい忠犬だぜ。よくあるやつさ。忠義の犬物語お家騒動というやつよ。悪党がある。その悪党が一味徒党を組んでお家横領を企てて、おん年二十一歳の若殿さまをのろい殺しに祈ってまわる、そいつをかぎつけた忠犬が、かみころして歩いているという寸法さ。したがって、犬のうしろには糸をあやつる黒幕がなくちゃならねえはずだよ。お家だいじ、お国だいじ、忠義の一派というやつよ。だからこそ――、むすびを三つばかり大急ぎにこしらえてくんな」
「え? 犬をつり出すためのえさですかい」
「おいらが召し上がるんだよ、いただきいただき武鑑を繰って、ここと眼がついたら風に乗ってお出ましあそばすんだ。早く握りなよ」
「ちくしょうめ、どうするか覚えてろッ。へへえね、――ちょっとこいつあ大きすぎたかな、かまわねえや、つい気合いがへえりすぎたんだからね、悪く思いますなよ」
さし出したのをいただきながら、禄高、官職、知行所なぞ克明に記録された武鑑を丹念に繰り調べると、ある、ある。まさしく巳年に当たる二十一歳の藩主がひとりあるのです。
「ほほうね。三万石のご主君だよ」
「ちぇッ、三万石とはなんですかい。やけにまたちゃちなお殿さまだね」
「バカをいっちゃいかんよ。お禄高は三万石だが、藤堂近江守《とうどうおうみのかみ》様ご分家の岩槻藤堂《いわつきとうどう》様だ。さあ、忙しいぞ。駕籠だッ。早くしたくをやんな」
出るといっしょに打ち出したのはちょうど四ツ。いっさん走りに向かったのは、牛込|狸坂《たぬきざか》の岩槻藤堂家お上屋敷です。
「これからおめえの役だ。そこのお長屋門をへえりゃお小屋があるだろう。どこのうちでもいいから、うまいこと中間かじいやをひとり抱き込んで、屋敷の様子をとっくり洗ってきなよ」
「がってんだ。こういうことになると、これでおいらのおしゃべりあごもなかなかちょうほうなんだからね。細工はりゅうりゅう、お待ちなせえよ」
命を奉じて忙しいやつが吸われるように消えていったかと見えたが、ほどたたぬまに屋敷の中からおどり出てくると、得意顔に伝えました。
「眼《がん》の字、眼の字。やっぱりね。おかしなことがあるんですよ」
「なんだい。殿さまが座敷牢《ざしきろう》にでもおはいりかい」
「いいや、家老がね、なんの罪もねえのに、もう三月ごし、蟄居《ちっきょ》閉門を食っているというんですよ。しゃべらしたなあの門番のじいやだがね、そいつが涙をぽろりぽろりとやって、こういうんだ。閉門食っているおかたは村井|信濃《しなの》様とかいう名まえの江戸家老だそうながね。あんな忠義いちずのご老職はふたりとねえのに、やにわに蟄居のご処罰に出会ったというんですよ。だからね――」
「犬を探ったか」
「そのこと、そのこと。なにより犬の詮議《せんぎ》がたいせつだと思ったからね、このお屋敷には何匹いるんだといったら、六匹いるというんだ。その六匹のうちでね、いちばんりこうと評判の秋田犬が、今のそのご家老のところにいるというんですよ」
「ホシだッ。その犬の様子は聞かなかったかい」
「聞いたとも、聞いたとも、そこが肝心かなめ、伝六がてがらのたてどころと思ったからね、いっしょにおいらもそら涙を流しながら探りをいれたら――。そのね、なんですよ、そのね――」
「陰にこもって、何がなんだよ」
「いいえね、そのご家老さまのところのべっぴんのお嬢さまがね、その秋田犬とふたりして、毎晩毎晩夜中近くになってから、お父御《ててご》さまの蟄居閉門が一日も早く解かれるようにと、
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