、だんな! 何が気に入らねえんです。え? ちょいと、だんな! 何をおこったんですかい」
めんくらったのも無理はない。いいこころ持ちに音をあげながらひょいと見ると、すぐにも外出のしたくを始めるだろうと思われた名人が、どうしたことか、お組屋敷へ帰るやいなや、急にむっつりと黙り込んで、ゆうゆうと庭先へ降りながら、そこに並べてあったおもとのはちを、あちらへひねり、こちらへひねり、しきりとのんきそうにいじくりだしたからです。いや、そればかりではない。にわかに三、四十、年が寄りでもしたような納まり方で、紅筆と番茶の冷やしじるを持ち出すと、おもとの葉の裏と表を丹念に一枚一枚洗いだしたので、さっとたちまち伝六空がかき曇ったかと見えるやいなや、ものすさまじい朝雷がガラガラジャンジャンと鳴りだしました。
「なんです! なんです! 何がいったい気に入らねえんですかよ! だから、あっしゃいつでもむだな心配しなくちゃならねえんだ。だんなが急げといったからこそ、あわてけえっておまんまのしたくもしたじゃござんせんか。しかるになんぞや、おもとなんぞにうつつをぬかして、何がいってえおもしれえんです。ね、ちょいと、え?
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