。どうですかね、そんなバカなことってえものがありますかね」
「あるかねえか、やぶからぼうに、そんな妙なことをきいたってわからねえじゃねえか。どこでいったい、そんなものを見てきたんだ」
「どこもここもねえんですよ。きょうは八月の八日なんだ。一月は一日、二月は二日、三月は三日と、だんなもご存じのように月の並びの日ゃこの三年来、欠かさず観音様へ朝参りに行きますんでね。けさも夜中起きして白々ごろに雷門の前まで行くてえと、いきなりいうんです。もしえ、だんな、ちょいといい男ってね。こう陰にこもってやさしくいうんですよ」
「なんだよ。今のその変な声色は、なんのまねかい」
「女のこじきなんですがね。ええ、そうなんですよ。年のころはまず二十七、八。それがいうんですがね。ちょいといい男ってね。こうやさしくいうんですよ。だから、ついその――」
「バカだな。そのこじきがどうしたというんだ」
「いいえね、こじきはべつにどうもしねえんだ。とかく話は細かくねえと情が移らねえんでね、念のためにと思って申しあげているんだが、こじきのくせに、かわいい声を出していうんですよ。ちょいと、いい男、おにいさん。もしえ、だんな、情
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