てたたき直さなきゃ直らねえとみえるよ。けんかになっちゃなるめえと思ったからこそ、わざわざおもといじりまでもやって、あとからゆっくり行こうと遠慮していたのに、すき見するとはなんのざまでえ。ひとからかい、からかってやるから、ついてきな」
微笑しながら出ていくと、いたって静かにいったものです。
「これはこれは、おそろいでござりまするな。たいそうご熱心におのぞきのようでござりまするが、うちの庭に温泉でも吹き出しましたかな」
めんくらったのはあば敬とその一党でした。不意をうたれてまごまごしているのをしり目にかけながら、ゆるやかにあごをなでると、なんと思ったか聞こえよがしに伝六へ命じました。
「練塀小路から先にしようぜ。大急ぎにな、二丁だぜ」
ひらり乗るといっさん走り。――あとにつづいてあば敬とその一党も、逃がしてならじというように、三丁の駕籠をつらねながら、えいほうと韋駄天《いだてん》に追いかけました。
2
かくして、追いつ追われつしながら行くこと十町。
このまましつこく尾行されたら、少しく事がめんどうになりそうに思われましたが、こういう場合になると、伝六太鼓もなかなかにいい音を出すから不思議です。
「ちくしょうめッ。あば敬なんぞに追い抜けられてなるもんけえ。そう! そう! もっと大またに! 大またに! どうせおめえらは裸虫だ。かまわねえから、へそまで出して走っていきな。酒手もやるよ。たんまりとな。おれのふところが痛むわけじゃねえから、死ぬ気で走っていきな」
行くほどに、走るほどに、首尾よく名人主従の駕籠《かご》は、日本橋の大通りを抜けきろうとするあたりで、完全に敬四郎たち一党の尾行からのがれました。と知るや、不意にずばりと右門流の抜き打ちでした。
「もういいだろう。駕籠屋駕籠屋、方角変えだ。行く先ゃ柳原のひげすり閻魔《えんま》だぜ」
聞いて伝六が鳴らずにいられるわけのものではない。
「違うですよ! 違うですよ! 練塀小路へ先に行くはずだったじゃござんせんか。ね! ちょっと! かなわねえな。柳原へなんぞいってどうするんですかよ。まごまごしてりゃ、やつらに妙見さまのほうを先手打たれるじゃござんせんか。ね、ちょっと、聞こえねえんですかい。ね、だんな、だんな」
追えど走れどむっつり右門です。ゆうぜんとあごをなでなで乗りつけたところは、ひげなきゆえにひげ
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