すり閻魔と名の高いそのお閻魔堂の境内でした。のっそり降りると、
「ウフフフフフ。ふくれているな」
うれしいくらいにおちついたものでした。
「どうだえ、親方、ちっとはりこうになったかえ」
「え……?」
「またとぼけていやあがらあ。これが右門流の軍学というやつだ。かきねの外からすき見するほどの性悪だもの、あば敬なんぞといっしょに歩いていたひにゃ、じゃまされるに決まってるじゃねえか。おおかた、やつらは今ごろ妙見さまへ駆けつけて、きつねにでもつままれたような顔しているだろうよ。これからもあることだ、しっこいやつを追っ払うにはこうするんだから、よく覚えておきな」
「はあてね」
「何を感心しているんだよ」
「いいえね、向こうの木にすずめが止まっているんですよ。しみじみ見ると、すずめってやつめ変な鳥じゃござんせんかい」
「横言いうない。一本参ったら参ったと正直にいやいいんだ。それより、一件の物はどこにあるか、はええところかぎつけな」
手分けしてそこの木立ちを抜けきるといっしょに、ふたりの目を強く射たものは、閻魔堂の正面にわいわいと集まっている人だかりです。
「寄るなッ、寄るなッ、寄ッちゃいかん! 寄るなッ。寄るなッ」
声をからしてつじ番所の小役人たちが必死としかっているその様子から、問題の死骸《しがい》はその黒だかりの中にあることがひと目に察せられたので、名人は騒がずに近づきました。と同時に、いともとんきょうな音をあげたのはあいきょう者です。
「いけねえ! いけねえ! ね、ちょいと。やっぱり、わにぐちの下に死んでいるんですよ。ね、ほら、だらりとたれている下に伸びているじゃござんせんか。けさほど妙見堂で見た死骸もこのとおりでしたよ。こんなふうにあおむけにのけぞってね、のどから血あぶくを吹いて長くなっていたんですよ。どうもこりゃなんですぜ、いかにだんながなんといおうと、このだらりとたれているわにぐちが、ただものじゃねえですぜ。ええ、そうですとも! 物はためしなんだから、もういっぺん帯をここへたらして考えたほうが近道ですぜ。ね、ちょいと、え? だんな!」
うるさくいうのを聞き流しながらのぞいてみると、いかさまわにぐちのたれ布の真下に長々とのけぞっているのです。しかも、傷が尋常でない。槍傷《やりきず》でもなく、刀傷でもなく、俗にのど笛と称されている首筋の急所を大きくぐさりとえぐり
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