にゃならねえんだろう。違うか。どうじゃ」
「恐れ入ました。いちいちごもっともさまでごぜえます。いえ、なに、ご存じないとなりゃ、なにもあっしだって口おしみするわけじゃねえんだから詳しく申しますがね、じつあ、こうなんですよ。ただいま申しました上方役者の嵐三左衛門っていうのがね、若衆歌舞伎の一座を引きつれて、はるばるとこの江戸へ下り、十日ほどまえから奥山に小屋掛けして、お盆を当て込んでのきわもの興行を始めたんでござんす。ところが、だんな、世の中にゃ、まったく気味のわるいことがあるもんじゃござんせんか。その嵐三左衛門が寝泊まりしている宿屋でね、毎晩水の幽霊が出るんですよ。水の幽霊がね」
「おどすねえ。お盆が近いからといって、人をからかっちゃいけねえよ。なんでえ、なんでえ、その水の幽霊ってえのは、いってえどんなしろものなんでえ。やっぱり、ヒュウドロドロと鳴り物がはいって、目も口も足もねえのっぺらぼうの水坊主でもが出てくるのかい」
「そうじゃねえんです。そんななまやさしい幽霊水じゃねえんですよ。朝起きてみるてえと、その三左衛門の泊まっているへやじゅうが、あっちにぽたり、こっちにぽたりと――、いいえ
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