どきな、だんながおいでだよ。おらが自慢のむっつり右門のだんながお出ましなんだ。あけな、あけな、女の子は近寄ってもさしつかえねえが、ろくでもねえ野郎ども雁首《がんくび》を引っこめな」
 肩をふりふり通っていったあとから、名人は秀麗かぎりない面に、ほのかな笑《え》みをたたえながら、静かに通っていくと、案内も請わずずかずかとはいっていって、ずばりと宿の者にいいました。
「この巻き羽織見たら八丁堀《はっちょうぼり》衆ってことがわかるはずだ。嵐三左衛門の寝泊まりしていた座敷へ案内せい」
 小女に導かれながらどんどんはいっていって、ひょいとその座敷の中を見ると、いかさまそこにある品々は一つ残らず、いまだにかわききらぬ水びたしになっているのです。しかも、へやにはまゆげの跡の青いくにゃくにゃとした若い男が汗みどろになって、せっせと荷造りを急いでいるさいちゅうでした。
「あっ、あの――」
 不意の訪れにどぎまぎしながら、言いよどんだのを、いつものあのぎろりと光る鋭いまなこです。じいっと上から下へ見ながめていましたが、静かにさえた名人のことばが飛んでいきました。
「弟子《でし》だな」
「へえい、あいすみま
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