る珍だねがあるのかなと思って、びっくりするだけのことさ。ときに、どうだね、たいそうもなく江戸っ子がっていたようだが、肝心の幽霊水とかの眼はもうおつきかい」
「はばかりさま、自慢じゃねえが、まだちっともつかねえんですよ。だから、今そのあごをね――」
「なんでえ、つがもねえ、知恵の出ねえようなあごなら、なにも気どるこたアねえじゃねえか。さいわいここにかんながあるようだから、削っちまいなよ。ほんとうにしようがねえな。どきな、どきな。どうやら、夏向きで涼しい幽霊のようだから、ちょっくら生きのいいお手本を見せてやろう。――いいかい、眼をつけるっていうなアこうするんだ。よく見ておきな」
 いいつつ、霊験あらたかなあのあごをそろりそろりとなでながら、小さいからだをいよいよちぢめて立ちすくんでいる若者のほうを上から下までじろじろと見ながめていましたが、まことに恐ろしいともあざやかともいいようのない右門流でした。
「きさま、うそをついてるなッ」
「そ、そ、そんな、うそなんかつくような男じゃねえんです。何もかも実のことを申し上げたばかりなんでござんす」
「控えろ、伝六親方の安でき目玉なら知らねえが、このおれの目の玉はちっとばかり品が違うんだぜ。かれこれいうなら、その証拠あげてやらあ。そりゃなんだ。その右にはいている雪駄《せった》の鼻緒の三味線糸《しゃみせんいと》はなんのまじないだ」
 ずばりといいながら指さしたのは、古い三味線糸で、切れたのをお手製にまにあわせておいたらしい雪駄のその鼻緒です。同時に、小さな男があっというようにうろたえながら、あわてて隠そうとしたがもうおそい。
「だめだよ、だめだよ。おれの目がにらんだんだ。江戸っ子なら江戸っ子のようにしたほうがよかろうぜ」
 にんめり微笑すると、静かに名人がずぼしをさしました。
「なかなか凝ってらあね。三味線の古糸で雪駄の鼻緒をすげるなんて、色修業でもした粋人でなくちゃできねえ隠し芸だよ。さっき、そこのそでがきの陰で聞いていたら、おめえは江戸屋江戸五郎の回し者でもねえ、親類でもねえとりっぱな口をきいたようだが、その三味線糸のあんべえじゃ、おそらく江戸五郎一座の浄瑠璃《じょうるり》語《かた》りか、下座でも勤めている芸人だろう。でなきゃ、おめえの色女かなんかが、一座のはやし方をでも勤めているはずだが、どうだ、違うか。正直なことをいわなきゃ、
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