幽霊水の詮議《せんぎ》もこっちの気の入れ方が違うというもんだぜ」
「恐れ入りました。お目の鋭いのにはおっかねえくらいです。べつに隠すつもりではなかったんですが、ついその――いいえ、ほかのことは、幽霊水の話も、嵐三左衛門が江戸五郎親方のことを下手人のようにいっていろいろ吹聴していることも、みんなほんとうですが、縁もゆかりもねえといったのはうそでござんす。いかにも、お隠しだてしておりました。じつは――」
「一座の者か」
「いいえ、わっちゃ座方の者でも親類でもねえんですが、妹めが、その、なんでござんす、ずっとまえから江戸五郎親方に、その――」
「かわいがられているとでもいうのかい」
「へえい。まあ、ひと口にいや囲われ者になっているんでござんす。だから――」
「なるほど、ちっと眼が狂ったようだが、じゃなにかい、鼻緒のその正体は、妹がなにか三味線いじりをしているんだな」
「へえい、ほんの少しばかり、糸の音の好きなおかたなら、墨田舎二三春《すみだやふみはる》っていや、あああれかとごひいきにしてくださるけちなやつでござんす。だから、人気|稼業《かぎょう》の名にかかわっちゃと、妹の素姓の出ねえようにお隠しだてしていたんでござんす」
「ほほう、なるほどな。そうか、二三春がそちの妹か。たしか、二三春といや、のど自慢顔自慢の東節《あずまぶし》語りと聞いているが、それにしちゃ兄貴のおめえさんは、ちっとこくが足りねえな。じゃ、その妹に頼まれて、ほれただんなの江戸屋江戸五郎がほんとうの下手人かどうか、幽霊水の正体を突き止めてもらうようにと、駆け込み訴訟に来たんだな」
「いいえ、そうじゃねえんです。あっしが自身に思いたって、お詮議《せんぎ》をおねげえに来たんでござんす。と申すと物好きのようにお思いでござんしょうが、めかけ奉公のような囲われ者でも、妹にとっちゃほれてほれぬいた江戸屋でござんす。それゆえ、だんなの江戸五郎が人気負けしたうえに、ほんとうの下手人かどうかわかりもしねえものを三左衛門からかれこれいわれて、みじめなめに突き落とされているのを見ちゃ、いかな妹も立つ瀬がねえとみえましてな、毎日|日《ひ》にち、泣きの涙で暮らしているんで、そこは血を分けたきょうだい、からだは細っかくとも、たったひとりの妹が悲しんでいるのを見ちゃ、あっしだってもじっとしていられませんので、こっそりとこうして伝六親方の
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