》をつけてやるからな――」
名人のいないのをいいことに、しきりと大きく構えながらあごをなでなで首をひねっているさいちゅう。
「ウフフ……」
不意にそこのそでがきの向こうから聞こえてきたのは、いかにもおかしくてたまらないといったような笑い声でした。
2
「なんでえ。何がおかしいんだ。顔も見せずに、いきなり笑うとは何がなんでえ。出ろ出ろ。どこのどいつだ」
いいこころ持ちに納まっていたやさきでしたから、不意を打たれてぎょッとしながらききとがめようとしたのを、
「そう気どるなよ、親方。どうだな、だいぶごぎげんの体だが、ぱんぱんと眼《がん》がついたかな」
笑いわらいのっそりとそでがきの陰から姿を現わしたのは、だれでもない捕物《とりもの》名人のわがむっつり右門です。しかも、その姿のさわやかさ! ――昼湯にでもいってひと汗流してきたばかりらしく、青ざおとした月代《さかやき》に、ふた筋三筋散りかかるほつれ毛を風になぶらせながら、夏なおりりしくすがすがしい姿をにこやかにぬっと現わしたので、すっかりめんくらったのは伝六親方でした。
「ちえッ、人のわるい。なんですかよ。だんなならだんなとおっしゃりゃいいんだ。隠れておって意地わるくウフフとやるこたアねえでしょ。あっしが気どろうと納まろうと、大きなお世話です。はばかりながら――」
「人並みにおれにだってもあごがあるというのかい。あるにはあっても、どうやら、一山百文のあごのようだが、どうだな、安物でも、なでりゃ眼がつくかね」
「ちぇッ、顔を見せたとなるともうそれだ。口のわるいってたらありゃしねえや。じゃ、なんですかい、何もかもその陰で立ち聞きしたんですかい」
「さよう。あんまりおめえがいい心持ちそうに気どっていたのでな、なにごとかと思って、幽霊水の話も、江戸屋の江戸五郎とかの話もみんな聞いたのよ、気に入らないかね」
「またそれだ。なにもいちいちとそんなに陰にこもった言い方でひねらなくたっていいでしょ。いくら主従の間がらにしたって、人の話を立ち聞きするっていう法はねえんです。これが男どうしの公話だったからいいようなものの、もしもかわいい女の子とふたりで、いっしょに逃げましょう、ああ逃げようぜと道行き話でもしていたのだったら、どうするんですかい」
「ウフフフ、ぬかしたな。べつにどうもしねえのよ。おめえみたいな男とでも道行きす
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