「はてな……?」
 面くらったのも当然です。何をいってもむっつりとおし黙りながら、しきりと足を早めていましたが、おりよく通りかかったもどり駕籠《かご》を見つけると、
「人形町じゃ。急いでやりな」
 命じて、だいじそうに雛を小わきにしながら、ゆうぜんと腰をおろしたので、朗らかに鳴りつづけていた伝六太鼓の調子が急に乱れました。
「ちょっと! ちょっと! 何をのぼせているんですかよ。雛は飾り物、人間は生身の生き物じゃござんせんか。雛の詮議《せんぎ》に行くんだったら、三日や四日おくれたって人形町がなくなるわけじゃねえんだから、べっぴんどものほうを先になんとか目鼻つけておくんなさいよ。生身に虫がついたら、ひとのものでも気がめいるじゃござんせんか!」
「…………」
「ねえ、ちょいと!」
「…………」
「じれってえな! 目色を変えて、何を急ぐんです? 雛の出どころ詮議《せんぎ》だったら、人形町は逃げも隠れもしやしねえといってるんだ。ねえ、ちょいと! お待ちなさいよ!」
 しかし、名人は沈々黙々。頑強《がんきょう》におし黙って駕籠を急がせながら、やがて乗りつけたところはその人形町名どころの十軒店《じゅ
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