ょ》所払い、いわゆる江戸追放の刑を受けた場合、十里四方三里四方というようななわ張り書きがあったときは格別、単に江戸追放とだけで里数に制限がないとなると、よくこの新宿や品川の大木戸外にひっこし、大いに江戸を離れたような顔をして、係り役人をからかったものだそうですが、それゆえにこそ追放区域の分かれめという意味から、今も新宿に追分という地名が残っているのだそうで、いずれにしても管轄違いならば、当然宿役人の手によって諸事万端処理さるべきはずなのに、ぜひにも名人でなくばという名ざし状が、なまめかしい朱房《しゅぶさ》の文筥《ふばこ》とともに、江戸桃源の春風に乗って舞い込みました。しかもそれが、またよりによって三月の三日、すなわちおひな祭りの当日なのです。いうまでもなく太陰暦ですから、桃の節句の桃も咲いているであろうし、桜はもとより満開……
 しかし、事ご番所の公務となると、犯罪は地震と同様、いつなんどき、どこから揺れてくるかわからないので、夢まどろにいつものごとく控え室に陣取りながら、うつらうつらとあごの下に手の運動をつづけていると、今いったそのなまめかしい朱ぶさの文筥が、とつぜん内藤駿河守のお下
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