おまえはここに! おまえはここにおじゃりましたか!」
ご後室のおどろきも大きかったが、名人のおどろきはさらに数倍でした。
「これはまた、いったいどうしたのでござります!」
鋭くききとがめたのを、ご後室が奪っていいました。
「お多根! おいい! おいい! 何もかもいっておしまい! おまえに疑いがかかってじゃ! おこりませぬ! おこりませぬ! おまえのことならけっしておこりませぬゆえ、もう何もかもいっておしまい!」
「でも……でも……」
「いえぬとおいいか! あの預かり雛がなくば、かわいい春菜の身に大事がふりかかります。おまえがあの男雛を盗んだとのお疑いじゃ。どこぞへ隠したであろう。おいい! おいい! ほんとうのことをいっておしまい!」
「いえ、おばあさま! 違いまする! 違いまする! 多根ではありませぬ! あれを盗み出したは、多根ではござりませぬ!」
ことばを押えて、不意に横からいったのは当の春菜でした。
「あれを盗み出したのは、あの男雛を隠しましたは、このわたくし、この春菜でござります」
「えッ――」
事実は三たび急転直下、意外のなかの意外な陳述、予想外の真犯人に、さすがの名人も愕然《がくぜん》となりました。
「ご本人のあなたさまがたいせつな契り雛を隠すとは、またなんとしたことでござります」
「お恥ずかしゅうござります。それもこれも、じつは……」
「なりませぬ! なりませぬ! それをお嬢さまがおっしゃってはなりませぬ!」
「お黙り! 多根! いいまする! いいまする! おまえに難儀がかかってはなりませぬゆえ、もう何もかも申しまする。それというのも、もとはといえば……」
「いえ、ではわたくしが、この多根が代わって申しまする。ご後室さまもお許しくださりませ。このような騒ぎの起きたもとはといえば、――でも、どうしましょう。恥ずかしゅうて言い憎うござります。いえ、申しまする、申しましょう。それもこれも、もとはといえば、こちらに控えておりまするわたくしの兄めが、おりおりわたくしをたずねてお屋敷へ参り、お嬢さまと一度会い、二度会ううちに、ついした縁の端から、ひと目を忍んでの割りない仲になりましたのでござります。なれども、お嬢さまは、古島の若さまと堅いお約束のあるおん身、――兄なぞとそのようなことにおなりあそばしてはと、わたくしひとり胸を痛めましたけれど、恋とやら情けとやら申すものは、どうせきとめようにも、せきとめるすべのないものとみえまして、三度は四度と重なり、四度は五度と重なるごとに、古島様とのお約束を破ってもと、おいじらしくも思いつめたお心におなりあそばしたのでござりましょう。今こうして三人泣き合いながら、わたくしもありのままを申しあげ、お嬢さまからも事の子細みんな承りましたのでござりまするが、ことしの節句が無事に済めば、遠からずもうお輿入《こしい》れせねばなりませぬゆえ、いっそ思いきってと、あの預かり雛をお隠しあそばされたのだそうでござります。さすれば、古島様がたいせつな契り雛を粗略にしたとご立腹あそばし、したがって十二年このかたのお約束も、ご立腹のあまりご破談になることであろうし、なればひとりでに兄めにも添いとげられるとお思いあそばして、こっそりどこかへお隠しなさいましたのを、ちらりとこのわたくしが見かけたのでござります。それゆえぎょうてんいたしまして、兄は、このとおりのやせ浪人、こんな浪々の身分卑しい者とご大身のお嬢さまが、りっぱなおいいなずけにおそむきあそばしてまでも添いとげたとて、いずれは先々お身の不幸と、ご恩顧うけたご主人さまの行く末々を思う心から、二つにはまた身のほど知らぬ兄めをもたしなめましょうと存じまして、お嬢さまの目を忍び、こっそり桃華堂様のところへ駆けつけて、あのようなまがい雛をこしらえさせたのでござります、契りのしるしの男雛さえあれば、よしまがいものでござりましょうと、またお嬢さまにひそかごとがござりましょうとも、約束どおり八方無事にお輿入れもできますことでござりまするし、とすればまた兄との仲もおのずと水に消えることでありましょうと、女心のあさはかさからしたことが、けさほどのように古島様親子からひと目にまがいものじゃと見現わされまして、このような騒ぎになりましたのでござります。これがなんぞの罪科《つみとが》になりますことなら、だれかれと申しませぬ、この多根めがすべての罪を負い、どのようなおしおきでもいただきますゆえ、よしなにお取り計らいくださりませ……」
ききつつ、おのが身を省みつつ、恥ずかしさ、やましさ、腰元お多根の心づくしの美しさ、いじらしさにこらえかねたとみえて、当の春菜がうなじまでも一面に染めながら、消えも入りたいようにたもとで面をおおって、よよと泣きくずおれました。
まことに意外、意外から
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