れこれといわれたんじゃ、あっしが承知できねえんだから、聞こうじゃねえですか! ね! どこが目の毒だか聞こうじゃござんせんか! さ! おっしゃいましよ! 言いぶんがあったらおっしゃいましよ!」
「うるせえな。ふたりも若い女がいなくなったと聞いたんで、何かいわくがあるだろうと、せっかく力こぶを入れてみたんだが、やっぱりこりゃただの盗難だというんだよ」
「へえ、じゃなんですかい。まがい雛をこしれえて売り出すために、どやつか了見のよくねえ人形師が、古島雛の真物を盗み出したというんですかい」
「まず十中八、九、そこいらが落ちだよ。売りに来るたび人を変えて、こしらえた人形師の正体をひた隠しに隠している形跡のあるのが第一の証拠さ。盗んだればこそ、名の知れるのがおっかねえんだ。ばかばかしいっちゃありゃしねえや」
「でも、べっぴんがふたり消えてなくなったのが変じゃござんせんか」
「だから、目の毒、迷いの種はそのべっぴんだといってるんだ。なんのことはねえ、久米《くめ》の仙人《せんにん》がせんたく娘の白いはぎを見て、つい雲を踏みはずしたというやつよ。いなくなったり、消えたり、人騒がせをやりやがるから、むっつりの右門様もちょっと眼《がん》を踏みはずしたんだ。春菜とやらのいなくなったは、十二年このかた思いこがれたおかたとも破談になりそうになったんで、悲しみ嘆いての家出だろうさ。腰元お多根の家出出奔も、主人の難儀はわが難儀と、悲しさあまって心中だてに忠義の出奔というやつよ。たわいがなさすぎて、あいそがつきらあ。真物が姿を見せたら、うわさを聞いて女どももひとりでににょきにょきと姿を見せるにちげえねえから、ひとっ走りいって洗ってきな」
「え……?」
「京金襴の出どころをかぎつけてこいといってるんだ」
「そんなものを洗や、なんのまじないになるんです」
「いちいちとうるせえな。これだけたくさんのまがい雛を作るからには、着付けに使った京金襴だってもおろそかなかさじゃねえんだから、どやつかどこかの店でひとまとめに買い出した野郎があるにちげえねえんだ。その野郎をかぎ出しゃ、自然といかもの作りの人形師もわかるだろうし、わかれば盗まれた真物の行くえにも眼がつく道理じゃねえかよ。べっぴんをごひいきとかのおあにいさまは、血のめぐりがわるくてしようがねえな」
「ちげえねえ!」
「てめえで感心していやがらあ。日本橋の呉服町に京屋と清谷といううちが二軒、浅草の田原町《たわらまち》に原丸という家が一軒、つごう三軒がいま江戸で京金襴ばかりをひと手にさばいている店のはずだから、きょときょとしていねえで、早いところいってきな」
「ようがす! ちくしょうめ! 盗み出す品に事を欠いて、因縁つきの思い雛に手をかけやがったから、かわいそうにお姫さまたちが泣きの涙で雲がくれあそばしたんだ。むろんのことに、だんなは八丁堀へけえって、あごをおなででござんしょうね」
「決まってらあ」
遠いところから先にと、伝六は浅草田原町へ、名人はお組屋敷へ、――表はうらうらとなおうららかな桃びよりでした。
3
かくして待つこと小|一刻《いっとき》――
「ざまあみろ! ざまあみろ! 眼《がん》だッ! 眼だッ。ずぼしですよ!」
なにもざまをみろといわなくてもよさそうなのに、ひとたび伝六がてがらをたてたとなると、じつにかくのごとくおおいばりです。しかも、その啖呵《たんか》がまた、いいもいったり――。
「だんなの口まねするんじゃねえが、まったくべっぴんというやつも、ときにとっちゃ目の毒さね。ほんとにたわいがなさすぎて、あいそがつきらあ。人形師の野郎がね――」
「眼的《がんてき》か」
「的も的も大的なんです。浅草の原丸も、呉服町の清谷も、最初の二軒はしくじったからね、心配しいしい三軒めの京屋へ洗いにいったら、あのまがい雛《びな》の着付けとおんなじ金襴を百体分ばかり、人形師の野郎が自身でもって買い出しに来たというんですよ。しかも、買うとき味なせりふをぬかしやがってね、こういうものは人まかせにすると、気に入ったのが手にへえらねえからと、さんざんひねくりまわして買ってけえったといやがったからね、能書きをぬかしたところをみるてえと、いくらか名人気質の野郎かなと思って探ってみたら――」
「桃華堂の無月だといやしねえか!」
「気味がわるいな。そうなんですよ! そうなんですよ! 四ツ谷の左門町とかにいるその桃華堂無月とかいう野郎だというんですがね。どうしてまた、そうてきぱきと、いながらにして眼《がん》がつくんですかね」
「またお株を始めやがった。むっつりの右門といわれるおれが、そのくれえの眼がつかねえでどうするんかい。いま江戸で名の知れた雛人形師のじょうずといえば、浅辰《あさたつ》に、運海に、それから桃華堂無月の三人ぐれえ
前へ
次へ
全13ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング