なものなんだ。なかでも桃華堂はことのほか偽作がじょうずとかいう評判だから、もしかすると野郎じゃねえかと思っていたやさきへ、おめえがいま京金襴を買い出しにいって能書きうんぬんといったんで、名人気質のやつならてっきり野郎とホシがついただけのことさ。そのあんばいならば、大将め、ちょろまかした古島雛をどこかへ隠して、今ごろはぬくぬくしていやがるだろう。じゃ、駕籠《かご》だよ。いってきな」
「ちゃんともう二丁――」
「大束決めたな。じゃ、急いで乗りな」
風を切ってその左門町へ――行きついたとき、桃の節句びよりはそこはかとなく夕暮れだって、春風柳水に桜、桜にふぜいのともしび、いろめきたって大路小路は行く人帰る人、雪駄《せった》の足もうきうきと踊っているようでした。
「ここがそうかい」
まもなく捜し当てた一軒は、わび住まいながらそれと名を取った人形師の家らしいひと構えです。案内も請わずにずいとはいっていくと、そこの仕事べやで、三人ほどの弟子《でし》たちといっしょに、せっせとどろいじりをやっていた五十がらみのおやじこそ、まさしく桃華堂無月に相違ない。と見るや、いつものあの生きのいい啖呵《たんか》が、まもおかずなめらかに飛んでいきました。
「江戸名物のおふたりさまが、このとおりおそろいでお越しあそばしたんだ。けえりにゃ、夜桜見物に回らなきゃならねえんだから、先を急がなくちゃならねんだ。手間取らせずと、すっぽり吐きな」
「なんでござります?」
「しらばくれるな! 京屋で買い込んだ京金襴をつきとめて、古島のまがい雛|詮議《せんぎ》にやって来たんだ。おれの啖呵で不足なら、こちらにお控えあそばすおしゃべり屋のおあにいさんは、特別音のいい千鳴り太鼓をお持ちだよ。四の五のいってしらをきりゃ、勇ましいところが鳴りだすぜ。すっぱりきれいにどろを吐きなよ」
「なるほど、そうでござりましたか、いや、さすがでござります。京金襴から足をおつけなさるたア、さすがご評判のおふたりさまでござります。それまでお調べがついたとなりゃ、むだな隠しだていたしましても罪造りでございますゆえ、いかにも白状いたしましょう。おめがねどおり、古島のまがい雛をこしらえたのは、この無月めにござります」
「ほほう、おぬしもさすがに名のある江戸の職人だな。それだけあっさり口を割ったら、あとの一つも隠すところはないだろう。ねこばばきめた真物も、ついでにこれへ出しな」
「なんでござります?」
「渡辺《わたなべ》様から盗み出した古島雛の真物も、隠さずにこれへ出せといってるんだよ」
「冗、冗談じゃござんせんよ! やにわと変なことをおっしゃいますが、何かお勘違いなすっているんじゃござんせんか」
「なに、勘違い? 勘違いとは何を申すか! まがいものをこしらえる以上は、真物をねこばば決めて雛型とったに相違ねえから、盗んで隠したその古島雛をあっさりこれへ出しゃいいんだ」
「め、めっそうもござんせぬ! しがない渡世はしておりましても、わたしはまだ人のものをかすめたり盗んだり、そんなだいそれた悪党じゃござんせんよ。あるおかたから頼まれまして、あのまがいものをこしらえただけでござんす」
意外とも意外! うそとは見えぬ真実さをもって、寝耳に水の新事実を陳述したものでしたから、はてな?――というように、名人の目も、声も、ことばも変わりました。
「へへえ。ちっとこれはまた空もようが変わりましたかな。人から頼まれたというは、どういうわけだ」
「どうもこうもござんせぬ。あるおかたがひょっくりお越しなさいまして、おまえはまがいものをこしらえるがじょうずとのうわさじゃ、ないしょに急いで古島雛《こじまびな》の男雛《おびな》を一つ、――ようござんすか、ここがだいじでもあり、あたしの冤罪《えんざい》の晴れる急所でもございますから、よくお聞きくださいましよ。女夫雛《めおとびな》を一対のご注文じゃねえんでござんす。なんのごつごうか、古島雛の男雛ばかりを一つ、至急にこしらえろとのご注文でござりましたゆえ、ご存じのとおり、あの内裏雛は天下のお名物お宝物でございます。未熟ながらてまえも雛造り渡世の人形師ならば、せめてまがいものなりと古島雛ぐらいの品を造ってみたいと日ごろ念じておりましたゆえ、さっそくご注文どおり男雛を一体造りあげて向こうさまにお渡ししたのでございます。ところが、そのできぐあいが、なんと申しますか、このわたくしの口からいうのも変でございますが、思いのほかにみごとでござりましたのでな、さいわい節句のまえではございますし、いっそついでに女雛も作り、女夫一対にそろえて売り出してみたらと、こっそり人形町へ持ち込んでいったのが、評判というものは恐ろしいくらいでござります。世間さまには目の高いおかたがいらっしゃるとみえて、古島雛じゃ、古島雛の
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