えに、そのまた男雛が、名人のこわきにしてきた問題のまがい雛と、形も同じ、塗りも同じ、着付けの京|金襴《きんらん》の色までがまったく同様同形同色でしたから、名人のことばがさらにさえました。
「あのようにたくさん、どうしたというのじゃ!」
「よく売れるから仕入れたんでございますよ」
「なに! よく売れるとな! それはまた、いったいどうしたというのじゃ!」
「評判というものは変なものですよ。なにしろ、内藤様の古島雛といえば、もともとが見ることも拝むこともできないほどのりっぱな品だとご評判のところへ、あのとおりほかの内裏雛とよく比べてごろうじませ、こちらのまがい雛がまた比較にならんほどずばぬけてよくできておりますんでな、どこから評判がたちましたか、ことしは古島雛のまがいが新品にできたそうだとたいした人気で、どんどん羽がはえて売れるんですよ」
いっているさいちゅうへ、それを裏書きするかのように、景気よく飛び込んできたのは、細ももひき、つっかけぞうりの、きりりとした江戸名物伝法型のあにいです。
「ちくしょうめ、なるほどたくさん並んでいやがるな。おい! 番頭の大将! あのいちばん上にあるやつが古島雛のまがい雛とかいうやつかい」
「へえい、さようで――」
「いくらするんだ」
「ちとお高うございますが……」
「べらぼうめ! 安けりゃ買おう、高けりゃよそうというような贅六《ぜいろく》じゃねえんだ。たけえと聞いたからこそ買いに来たんじゃねえか。夫婦《めおと》一対で、いくらするんだい」
「五両でございます」
「…………」
「あの、五両でございます」
「…………」
「聞こえませんか! 女雛男雛一対が大枚五両でございますよ!」
「でけえ声を出さねえでも聞こえていらあ! ちっと高すぎてくやしいが、五両と聞いて逃げを張ったとあっちゃ、江戸っ子の名に申しわけがねえんだ。景気よく買ってやるから、景気よくくんな」
入れ違いにはいってきたのが若い娘。
「あたしにも一対ちょうだいな」
いいつつ、これがまた争うように買って帰ったものでしたから、名人のことばがいよいよさえました。
「なるほど、羽がはえて飛んでいくな。これをこしらえたやつは何者じゃ!」
「それがちと変なんですよ。にせものではございましても、これほどみごとな品を作るからにはさだめし名のある人形師だと思いますのに、だれがこしらえたものか、さっぱりわからないのでございます」
「でも、これを売るからには、卸に参った者があるだろう。そいつがだれかわからぬか!」
「ところが、肝心のそれからしてが少々おかしいのでございます。おばあさんの人が来たり、若い弟子《でし》のような男が来たり、雛のできしだい持ち込んでくる使いがちがうんですよ」
「しかとさようか!」
「お疑いならば、ほかの九軒をもお調べくださいまし。同じようにして持ち込み、同じようにみな売れているはずでございますから、それがなによりの証拠でございます」
たしかめに出かけようとしたところへ、たまには伝六も血のめぐりのいいときがあるから、なかなか妙です。
「おてがら、おてがら。どうもちっと変じゃござんせんか」
「なんでえ。じゃ、きさま、先回りして九軒をもう洗ってきたのか」
「悪いですかい」
「たまに気がきいたかと思って、いばっていやがらあ。どんな様子だ」
「やっぱり、九軒とも、気味のわるいほど古島雛のまがい雛が売れているんですぜ」
「それっきりか」
「どうつかまつりまして。これから先が大てがらなんだから、お聞きなせえまし。その作り手の人形師がね――」
「わかったのかい」
「いいえ、それがちっともだれだかわからねえんですよ。そのうえ、売り込みに来た使いがね、手品でも使うんじゃねえかと思うほど、来るたんびに違うというんだから、どうしても少し変ですぜ」
ほかの九軒もやはり同様、人形師も不明なら、使者もまた人が違うというのです。なぞはその一点、――つとめて正体を隠そうとした節々のあるところこそ、まさに秘密を解くべき銀のかぎに相違ないはずでした。
「なかなか味をやりやがるな。そうするてえと――」
あごの下にあの手をまわして、そろりそろりと散歩をさせていましたが、まったく不意でした。
「なんでえ。そうか。アッハハハ」
やにわに、途方もなく大声でカンカラ笑いだすと、伝六を驚かしていいました。
「たわいがねえや。だから、おれゃべっぴんというやつが気に食わねえよ」
「え……?」
「目の毒になるだけで、人を迷わすばかりだから、べっぴんというやつあ気に入らねえといってるんだ」
「なんです! なんです! 悪口にことを欠いて、おらがひいきのべっぴんをあしざまにいうたあ、何がなんです! だんなにゃ目の毒かもしれねえが、この伝六様にはきいてもうれしい気付け薬なんだ。ひいきのべっぴんをか
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